「申し遅れました。私の名はローグと申します」

 急遽店で使用している椅子を二つ取り出し、ローグさんと向かい合って座る。

 カーネスやシェリーシャさん、ギルダが同席したいと言っていたけど、いわばこれは面接。四対一で圧迫するのも気が引けるし、何より三人はまともじゃないから、まともな私が正確な判断をしなければいけない。

 だけど、やや右側の木の陰から三つ頭が見える。


「えっと、店長のクロエです」

 私は三人を認識しつつ、ローグさんに顔を向けた。

 どこからどう見ても、まともそう。爽やかでありながら物腰も落ち着いているし、その柔和な面持ちから客の増加も見込めそう。

 でも、カーネスもシェリーシャさんもギルダも、黙ってさえいればまともそうに見える。

 今回は接客担当、本当に正気の人間を採用しなければいけない。

「……どうして、この屋台で働きたいと?」
「はい、一度このお店の料理を食べたことがあって、感銘を受けまして……」

 照れ笑いを浮かべるローグさん。

 どうしよう、見覚えがない。

 持ち帰りのお客さん経由か、私が転移魔法でおかしくなってた時のお客さん、かもしれない。

 普段なら、お客さんの顔と、誰が何を注文したか、大体の苦手なものは覚えてる。

 でもそれは通常営業の時だけだ。転移魔法によって精神を摩耗し、料理とお会計の往復をしていた頃は、もはや記憶がない。思い出そうとすると頭痛と吐き気に襲われる。


「えっと、魔法の適性はどんな感じに……」

「私は土属性の魔法を多少……という形ですね」

 土属性の魔法……って、何が出来るんだっけ。

「例えば……」
「泥人形を、多少」
「泥人形……ああ、ゴーレムとかですか?」
 魔力を込めて動かす土で出来た人形を、ゴーレムという。ゴーレムは三種類あり、人間や魔物が魔法で作ったゴーレムと、周囲にめちゃくちゃ強い魔力を持つ木とか魔道具があり、その影響を受け自然に出来たゴーレムと、見た目がゴーレムっぽいからというだけでゴーレムと呼ばれている良くわからない何かだ。

 いろいろ難しい名称がついていた気がするけど、誰かが作ったゴーレム、天然もののゴーレム、便宜上ゴーレムと呼ばれてる何かで区分され、強さから何からまちまちで、どれがいいとかもない。

 そのため学者以外は何を見ても「ゴーレムだ」としか言わないけど、ゴーレムを専門的に研究している学者は何でもかんでものゴーレム呼びをめちゃくちゃ怒る。

 ただ、ゴーレムを偏愛している人間は多い。ゴーレム目当てのお客さんの来店増員も見込める。

「接客業の経験は?」
「はい、もともと飲食業に興味はあったのですが、家業として代々公爵家に仕えており、そこで執事兼秘書として十六歳の頃から四年、夢をあきらめきれず公爵家の口利きにより、王宮の給仕として五年働いておりました」
「では、現在二十五歳……」
「はい。将来を考え、本格的に飲食業の世界で働けたらと考え志望いたしました」

 いや完璧じゃない? この経歴、完璧じゃない? まさに接客特化。足りない場所を埋める存在だ。

 間違いなく我が屋台を救う救世主。絶対に欲しい。

「えっと、この屋台移動式でして、流浪することになるんですけど、その、ご家族とかに説明とかされてますか?」
「はい。許可は得ています。もともと、私が十六歳から働いていたのは、父が一時期体調を崩し、その代理です。弟がいるのですが、丁度彼が一人前になった頃合いに王宮の給士に転職したんです」
「なるほど……」
「なので、即日でも雇ってもらえるよう、準備は終わっています」

 夢? 夢でも見てる?

 こんな素敵な人材、本当にいるの? 現実?

 振り返って三人を見てみると、何だか警戒した目をこちらに向けている。

「では、えっと、とりあえず……次の街まであと少しなので、そこに滞在している間、試用期間として働いていただけたら……うれしいです」

 完璧な人材だけど、完璧すぎるがゆえに詐欺の可能性もある。私は今すぐ正式採用したい気持ちを抑えながらそう言った。しかし彼は意外そうな顔をする。

「正式採用ではないのですね」
「ええ、まぁ……」
「僕じゃ……駄目ですか?」

 じっと見つめるローグさん。なんか恋愛劇に出てくる男みたいな見方だ。言葉もそうだし。カーネスが過剰反応しそう、と思って一瞬振り返るけれど、カーネスは騒いだりせず怪訝な表情をしていた。

 カーネスの判定がわからない。これが大丈夫なら普段も暴れださないでほしい。

「まぁ、ほかの従業員たち、ちょっと……独特の雰囲気があるので、一度ローグさんのほうでもこの職場が合っているか……ご判断いただくのがいいと思います」
「……分かりました」

 ローグさんはなんだか変なものをみるように私を見る。

「どうかされましたか……?」
「いえ、ありがとうございます。よろしくお願いします!」

 私の言葉に、ローグさんが快活そうな笑みを浮かべる。しかし一瞬だけその笑顔が、疲れ切った接客業特有の「もう客など信用できるか」という世捨て人の無機質な笑みに感じた。けれどまた、穏やかな笑みに戻る。

 私は不思議に思いつつ、彼に店や従業員の紹介を始めることにした。