「私は! いいものを! 買った!」

 ダンジョンそばでテントを立てた朝食の席。
 
 私は、カーネス、シェリーシャさんの前に立ち、あるものをかざした。

「俺との結婚式に使うブーケです?」
「……」

 狂人がはしゃぎ、シェリーシャさんが淡々とした眼差しであるものを見る。

「これで! 人を見ると! その人の持つ魔法適性が色で分かるんだって! さらに‼ 使用者の魔力に依存しない‼ 魔力が無くても‼ 分かる‼」

 あるもの……虫眼鏡は、行商から購入した革命的なアイテムだ。

 カーネス、シェリーシャさんと二人の従業員が集まり、お店の回転率も上がっている。

 けれど、料理に至るまでの下準備、食材を切ったりする作業は手作業のまま。どうしても時間がかかってしまう。

 ここは皮を剥いたり、下処理を担当する従業員が欲しい。

 食堂では、風魔法が得意な人がそれを担当していた。

 風魔法の適性は緑。適性のある人間を紹介するもよし。この虫眼鏡をかざして眼鏡が緑色になった人に働いてもらえないかお願いするもよし。求人効率がぐっと上がるアイテムなのである。

「ほら! これを見てよ、ほら!」

 とりあえず虫眼鏡をカーネスに向けると、赤く染まった。

「すごい‼ カーネス真っ赤‼ っていうか赤いな⁉ 本体全然見えないじゃん‼ 人探し使えないな⁉」

 行商人はその人の周りがぼんやり赤く染まる、と言っていた。大人数だと色が混ざるため、その部分だけ気を付けてほしいと言われたけれど、ぼんやりどころじゃない。レンズが真っ赤に染まり、ただ赤い画用紙をぺったりレンズに貼ったようになっている。

「私はどう?」

 こちらの反応に対し、それまで興味がなさそうだったシェリーシャさんが首をかしげた。

「見ますね……おおおおお青い!」

 今度はシェリーシャさんに虫眼鏡を向ける。すると虫眼鏡は青色に染まった。

 でも、透けない。人混みに向けようものなら色が混ざってどす黒くなるだけで、どこに誰がいるか分からない気がする。

「ちょっと二人、そこ立って並んでみて……うわっ」

 二人に並んでもらい、記念写真よろしく虫眼鏡を向ける。しかし突然レンズに亀裂が入り、音を立てて砕け散った。破片は粉のように舞い、きらきらと輝きを放ちながら風にさらわれ消えていく。

 虫眼鏡が、壊れた。

「嘘でしょ……。まだ買って一回しか使ってないのに……。今、私何もしてなかったよね……?」
「そうですね……」
「ん」

 二人は暗い顔をした。もうこれは、ひとつしかない。

「交換できないか、聞いてくる」
「え」
「え」

 何故かきょとんとした顔をする二人。でも、今はそれどころじゃない。

「結構高かったんだよ……これ。一度に二人見ようとしたからおかしくなったのかもしれないけど、初期不良の可能性もあるよね……?まだ、可能性あるよね……?」

 未来への投資だと思って、買ってしまった虫眼鏡。

 こんな無残な姿に……。

「いいの……? クロエは、それで」

「大丈夫です、粘ったりはしない。ちょっと聞くだけ……。変に粘ってごねたりしませんよ」

 やっぱり別の食べたくなったから変えてとか、そういう訳わかんない客の相手は疲れることを私は身に染みて分かっている。厄介な客にはならない。さりげなく聞いて、駄目なら潔く帰る。

「じゃ、行ってくる……」

 私は、ただ輪っかと化した虫眼鏡を手に、その場を後にした。