「なんだよ、何で出せねえんだよお! おい!」
「すみませんお客様こちらは売り切れになっておりまして……」
真昼の営業時間。私は怒りに震えるお客様に頭を下げた。お客様が神様だとは到底思えないけど、他のお客様もいる手前、一度目は下手に出ておく。
「なんで売り切れてるかって聞いてんだよ! あ? 喧嘩売ってんのか!?」
そう言ってお客様は声を荒げる。この辺りはやれダンジョンなる、魔物が潜む洞窟みたいな場所が多い土地だ。
ダンジョンには、魔物が集めてきた道具とか、薬草とか、魔物が魔物を倒したことで得た魔物の牙、骨があったりする。さらに魔物しか行けないような場所で取った宝石がある。
魔法を使える人々はそれらを求めダンジョンに向かう。でも、ダンジョンは魔物の巣だ。いわば集合住宅であり、人間は他者の家に不法侵入して家財道具を狙ってくる泥棒なわけで、当然殺しにかかってくる。
ゆえにダンジョンの中は、魔物の遺品、人間の遺品が溢れかえり、それらを狙い人が集まり、魔物も魔物で人を狙って集まってくる、窃盗殺生多発地帯だ。
だからか、血気盛んな人間が多く揉め事も多い。
でも、戦いの前に腹ごしらえがしたい人も同じくらい多く、そのぶん利益も見込める為、ダンジョンがあれば営業するようにしている。
「他のお客様の御迷惑になりますので……」
「俺も客だろうが! ふざけてんのかお前はあ! 馬鹿の看板ぶらさげやがって‼ 馬鹿にしてんだろ!」
馬鹿の看板。目の前のお客様は私の能力値が見られるらしい。ダンジョンに行く人間はたいてい相手の能力が見れる。というか魔物の能力値が分からないと怖くて戦えないらしい。
私は誰の能力値も把握できない世界にいるから良く分からないけど。
「聞いてんのかてめえ‼」
ダンッとお客様が机を叩く。聞いてない。聞いていると疲れるから。
私は荒れ狂うお客様に頭を下げつつ、この場にカーネスがいないことに安堵した。
カーネスは今、ダンジョン内にスプーンを届けに行っている。お持ち帰りのお客様にスプーンを渡したものの、お客様が持っていくのを忘れたからだ。「自業自得ですよね? 届ける必要あります?」と言っていたけど、シチューを手で食べるのはきついし、カーネスがいたら絶対にこの乱暴そうなお客様を燃やし──、
「ぎゃああああああああっ」
考えていると、客の足と膝が一瞬にして凍り付いた。
「クソが! やりやがったなてめえ! こんな店ぶっ潰してやる!」
客は痛みにもだえ苦しみながらも、自分の足元に手をかざし、呪文を唱え足元を溶かそうとする。しかし、氷は溶ける気配が全くない。だんだんとお客様の表情が強張ってきた。
「おい! この氷なんとか……」
そして、怒り狂う声が不自然な形で途絶えた。
お客様の顔面は水の球体に包まれ、声どころか呼吸すら封じられている。
じたばたともがき苦しみ、何とか苦しみを紛らわそうと自分の首をがりがりと引っ掻き始めた。この魔法、確実に──、
「シェリーシャさん⁉」
「ん」
名前を呼ぶと、彼女はすっと私の背後から出てきた。幼児の姿の彼女は、目をぱちくりさせ、純粋無垢な眼差しをこちらに向ける。
「静かになった」
「静かにしたんですよね⁉ 今‼ シェリーシャさんが‼」
「ん」
シェリーシャさんが頷く。彼女は実年齢的には「大人」かつ私より「年上」らしいが、大人でいると面倒らしい。
実際、大人の姿のシェリーシャさんで接客してもらうと、変な男の人や変な女の人に口説かれ付き纏われる事案が多発していた。そして彼女の姿を変化させる魔法は、精神的にも影響があるらしく、幼児の姿のシェリーシャさんは、精神的にも幼児と変わらなくなるようだ。
つまり、小さい子の感性のままに魔法を使うということは、大人のように加減が出来ない。
「うん、待ってそれ永遠になっちゃうんで! 一旦やめてください! 解除してください解除!」
「うるさくなる」
「むしろその方がいいですから! 永遠にお眠りになられるより百倍いいですから!」
「や」
「お願いします‼」
「や」
「じゃあ、後でダンジョン入りましょう‼ ダンジョンでいっぱい魔物倒すかたちで‼ それで我慢してください」
「ん」
シェリーシャさんは渋々お客様に手をかざす。水が弾け氷が解けると、お客様は痙攣した後、意識を取り戻した。
生きてた。本当に良かった。
「お、お客様……だ、大丈夫ですか……?」
大丈夫じゃないことは分かっているが、大丈夫か聞くしかない。おそるおそるお客様の顔色を窺うと、お客様は私とシェリーシャさんを見て怯えた顔をした。
「二度と来るかこんな店!」
お客様は屋台から逃げるように駆けていく。その様子を見届けてから振り返ると、シェリーシャさんがこちらを見て目を輝かせていた。
「ダンジョンまだ」
「ダンジョンまだです。というかお客様を、凍りつかせちゃいけないし、水の中に閉じ込めないって約束したじゃないですか!」
私はシェリーシャさんと約束をしたのだ。お客様を凍りつかせたり水責めをしてはいけないと。
つまるところ、このやり取りはもう四回目。
さっきみたいな厄介なお客様が来ると、シェリーシャさんは魔法で制圧しようとする。
正直相手はお客様の範疇を越えた感じもあるし、制圧すること自体はあまり構わない。
けれど問題はその度合いだ。シェリーシャさんは煩いなら口を閉じ、暴れるなら足を凍りつかせてしまう。
その行動は、呼吸を奪い、殺そうとしていると取られてもおかしくない行為。酷いお客様相手に魔法を使って店員が反抗する、自己防衛をすることは多々あるけれど、ここまでしてはいけない。
凍らせるなら身体じゃなく足元だけ、水で口を封じるんじゃなくて、軽く見せるくらいと言っているものの、「危ない客だ!」と思うと、幼児体のシェリーシャさんは反射的に足を凍らせ、口を水で塞いでしまうのだ。
でも、殺しはしてない。
シェリーシャさんが苦しくなく生きていくことを考えると、このあたりで妥協するしかないかもしれないな、と彼女を見て思った。
「すみませんお客様こちらは売り切れになっておりまして……」
真昼の営業時間。私は怒りに震えるお客様に頭を下げた。お客様が神様だとは到底思えないけど、他のお客様もいる手前、一度目は下手に出ておく。
「なんで売り切れてるかって聞いてんだよ! あ? 喧嘩売ってんのか!?」
そう言ってお客様は声を荒げる。この辺りはやれダンジョンなる、魔物が潜む洞窟みたいな場所が多い土地だ。
ダンジョンには、魔物が集めてきた道具とか、薬草とか、魔物が魔物を倒したことで得た魔物の牙、骨があったりする。さらに魔物しか行けないような場所で取った宝石がある。
魔法を使える人々はそれらを求めダンジョンに向かう。でも、ダンジョンは魔物の巣だ。いわば集合住宅であり、人間は他者の家に不法侵入して家財道具を狙ってくる泥棒なわけで、当然殺しにかかってくる。
ゆえにダンジョンの中は、魔物の遺品、人間の遺品が溢れかえり、それらを狙い人が集まり、魔物も魔物で人を狙って集まってくる、窃盗殺生多発地帯だ。
だからか、血気盛んな人間が多く揉め事も多い。
でも、戦いの前に腹ごしらえがしたい人も同じくらい多く、そのぶん利益も見込める為、ダンジョンがあれば営業するようにしている。
「他のお客様の御迷惑になりますので……」
「俺も客だろうが! ふざけてんのかお前はあ! 馬鹿の看板ぶらさげやがって‼ 馬鹿にしてんだろ!」
馬鹿の看板。目の前のお客様は私の能力値が見られるらしい。ダンジョンに行く人間はたいてい相手の能力が見れる。というか魔物の能力値が分からないと怖くて戦えないらしい。
私は誰の能力値も把握できない世界にいるから良く分からないけど。
「聞いてんのかてめえ‼」
ダンッとお客様が机を叩く。聞いてない。聞いていると疲れるから。
私は荒れ狂うお客様に頭を下げつつ、この場にカーネスがいないことに安堵した。
カーネスは今、ダンジョン内にスプーンを届けに行っている。お持ち帰りのお客様にスプーンを渡したものの、お客様が持っていくのを忘れたからだ。「自業自得ですよね? 届ける必要あります?」と言っていたけど、シチューを手で食べるのはきついし、カーネスがいたら絶対にこの乱暴そうなお客様を燃やし──、
「ぎゃああああああああっ」
考えていると、客の足と膝が一瞬にして凍り付いた。
「クソが! やりやがったなてめえ! こんな店ぶっ潰してやる!」
客は痛みにもだえ苦しみながらも、自分の足元に手をかざし、呪文を唱え足元を溶かそうとする。しかし、氷は溶ける気配が全くない。だんだんとお客様の表情が強張ってきた。
「おい! この氷なんとか……」
そして、怒り狂う声が不自然な形で途絶えた。
お客様の顔面は水の球体に包まれ、声どころか呼吸すら封じられている。
じたばたともがき苦しみ、何とか苦しみを紛らわそうと自分の首をがりがりと引っ掻き始めた。この魔法、確実に──、
「シェリーシャさん⁉」
「ん」
名前を呼ぶと、彼女はすっと私の背後から出てきた。幼児の姿の彼女は、目をぱちくりさせ、純粋無垢な眼差しをこちらに向ける。
「静かになった」
「静かにしたんですよね⁉ 今‼ シェリーシャさんが‼」
「ん」
シェリーシャさんが頷く。彼女は実年齢的には「大人」かつ私より「年上」らしいが、大人でいると面倒らしい。
実際、大人の姿のシェリーシャさんで接客してもらうと、変な男の人や変な女の人に口説かれ付き纏われる事案が多発していた。そして彼女の姿を変化させる魔法は、精神的にも影響があるらしく、幼児の姿のシェリーシャさんは、精神的にも幼児と変わらなくなるようだ。
つまり、小さい子の感性のままに魔法を使うということは、大人のように加減が出来ない。
「うん、待ってそれ永遠になっちゃうんで! 一旦やめてください! 解除してください解除!」
「うるさくなる」
「むしろその方がいいですから! 永遠にお眠りになられるより百倍いいですから!」
「や」
「お願いします‼」
「や」
「じゃあ、後でダンジョン入りましょう‼ ダンジョンでいっぱい魔物倒すかたちで‼ それで我慢してください」
「ん」
シェリーシャさんは渋々お客様に手をかざす。水が弾け氷が解けると、お客様は痙攣した後、意識を取り戻した。
生きてた。本当に良かった。
「お、お客様……だ、大丈夫ですか……?」
大丈夫じゃないことは分かっているが、大丈夫か聞くしかない。おそるおそるお客様の顔色を窺うと、お客様は私とシェリーシャさんを見て怯えた顔をした。
「二度と来るかこんな店!」
お客様は屋台から逃げるように駆けていく。その様子を見届けてから振り返ると、シェリーシャさんがこちらを見て目を輝かせていた。
「ダンジョンまだ」
「ダンジョンまだです。というかお客様を、凍りつかせちゃいけないし、水の中に閉じ込めないって約束したじゃないですか!」
私はシェリーシャさんと約束をしたのだ。お客様を凍りつかせたり水責めをしてはいけないと。
つまるところ、このやり取りはもう四回目。
さっきみたいな厄介なお客様が来ると、シェリーシャさんは魔法で制圧しようとする。
正直相手はお客様の範疇を越えた感じもあるし、制圧すること自体はあまり構わない。
けれど問題はその度合いだ。シェリーシャさんは煩いなら口を閉じ、暴れるなら足を凍りつかせてしまう。
その行動は、呼吸を奪い、殺そうとしていると取られてもおかしくない行為。酷いお客様相手に魔法を使って店員が反抗する、自己防衛をすることは多々あるけれど、ここまでしてはいけない。
凍らせるなら身体じゃなく足元だけ、水で口を封じるんじゃなくて、軽く見せるくらいと言っているものの、「危ない客だ!」と思うと、幼児体のシェリーシャさんは反射的に足を凍らせ、口を水で塞いでしまうのだ。
でも、殺しはしてない。
シェリーシャさんが苦しくなく生きていくことを考えると、このあたりで妥協するしかないかもしれないな、と彼女を見て思った。



