明るい朝の日差しに、心躍る生き物は多いらしい。植物に限らず、生き物は朝日を浴びて時間の感覚を取り戻し、生きていくと言うから。
そんな朝日を受けながら、クロエが炎の邪神に向かって叫んでいる。
「カーネスッ‼ なああああああああああああんでいっつもいっつも寝台に潜り込んでくるわけ⁉ 下半身暴発魔法自分にかけてないの? っていうか自分にかけてくんない?」
「店長にですか……? あ、俺に無理やり触れないように……? なんだ店長そんな気を使わなくていいのに……俺は、両想いだったら、倫理なんて関係ないと思ってます♡」
「怖い。魔法使った後、怖いか聞いてくるけど何もしてないありのままのカーネスが一番怖いよ」
「ふふふ」
「やめろ笑うな怖い」
「いや嬉しくって」
「怖い怖い怖い本当に、言い方変える、カーネス、下半身暴発魔法自分にかけてくれない? 店長命令、カーネスがカーネスにかけて」
「何言ってるんですか? 魔法なんてなくたって俺は毎朝──」
「ああああああああああああああああああ予約が入ったあああああああああっしかも閉店ぎりぎりっ20人の宴だあああああああああああっおわりだもう」
クロエが手持ちの高等術式召喚結晶を眺めてうなだれた。炎の邪神が笑みを浮かべながらその背を撫でている。
魔力を持ちえない、弱くて脆い特殊な人間と、全てを焼き尽くす炎を持つ邪神。
種族が異なる人間のことは良く分からないけれど、邪神のことは良く分かる。自分のことだから。
この世界には、多様な種族が存在しているけれど、大きく分ければ三つに分類される。
まず一つ目。
人間や獣人、聖獣や精霊に妖精、簡単にくくれば、闇を必要とせず生きられる、光の群れだ。そこには海神や龍神など、神も含まれる。
二つ目は、闇を必要とする種族。人間たちからは魔物と呼ばれ、たいてい、魔王と呼ばれる種族の長に忠誠を誓っている闇の群れだ。
そして、なにものでもない、どこにも属せない、私たち。
人の姿を成しながら人にならず、光の群れを殺し、闇の群れを喰らうこと出来るからだ。
そんな私たちを、邪神と定義した人間たちがいた。光の群れは当然として、魔物より邪悪で神すら殺せる存在。だから邪神。神としての資格がないのに、神の名を持つ皮肉な存在。
私は私が良く分からない。どうして存在するかも良く分からない。だから便宜上、そのまま受け入れている。
そして光の群れも闇の群れも、私たち邪神の魔力を脅威とし、異端だと恐怖する。
私はただそこに在っただけ。人に何かをしたことなんて一度も無かった。なのに人は、私を恐れる。
だから今度は人が私に抱く偶像の通りのことをした。
人々は死に絶え、消えた。
初めのうちは楽しかった。全てを破壊し尽くし、人々の慟哭や、悲鳴を聞き、泣き叫ぶ姿を見ることは。けれど、それも続けるうちに飽きてしまった。
そして私は、己の記憶を消した。
私でいることに飽きたから。
自分が、人ならざるものである記憶を失えば、人と同じように生活が出来る。そう思ったような気もするし、ただ単に、毎日毎日、こちらを憎悪を込めた目で見てくる人間の目にも、氷の世界も、何もかもに飽きてしまったからかもしれない。
しかし、私は、記憶を消してしまったせいで、己の魔力の認識が甘くなり、結局どこへ行っても私は化け物と忌み嫌われ続け、いつしか人さらいに捕まり、奴隷商へと売られたようだ。
けれど、触れるだけで殺せるはずの人間──クロエが、私に関わってきた。
遥か昔の人間たちは皆、私を化け物と罵った。私が寝た後、家に火をつけ、私を焼き殺そうとした。
長い月日の中、何度も、何度も、生き物たちは私を殺すことを試みる。
でも、私は死なない。死ねない。私を殺せる生き物は、私以外に存在しない。自分に魔法をかけてみたけど、勝手に回復し始めてどうにもならない。生まれた時と比べ、魔力は減っていっている。
微々たるもので、今なお神を殺すことは容易いけれど、きっと何百年と待てば、私は自然と死ねるはずだ。
だからまだ、死ぬことが出来ない。
でも、人は脆い。
クロエは死ぬ。死んでしまうのに私を庇っていた。
私が化け物であるかなんて、どうでもいいと言った。
愚かな人の子。それも、人のなかでも魔力が体内に存在しない劣等種。
なのに愉快だった。面白いと思った。久しぶりに、何百年ぶりに期待を抱いて、私はすべての記憶を取り戻した。
何かに惹かれることが、何百年ぶりなのかもう分からないけれど。心の底が満ちていくような、沸き立つような何かを感じた。
その昂りを、きっと炎の邪神も覚えているのだろう。しかし炎の邪神は生まれて間もない。自分がなにものかも分かっていない。分からぬまま、人の子を求めている。
私は、炎の邪神と同じようにクロエを想っている。でもその方向性は大きく異なる。
私は、クロエを殺してみたい。
クロエが死ぬところが見たい。彼女の姿を見て、凍らせたらどう見えるのだろうか想像する。どんな姿で溺れるのか思い描く。
クロエの死に顔はどんなものなのか。気になる。殺してみたい。でも、今のクロエを殺してしまうと、これから先のクロエの死に顔が見られない。
人間は、歳を重ねるにつれ姿を変える。「衰える」「老化」というらしい。私は変化にしか見えない。老いを感じるのは人間ゆえの感性だろう。
クロエの寝顔は、さっき見た。死に顔と寝顔は案外変わらない。今のクロエの死に顔は見たといっても過言ではない。だから、私はこれから彼女と共に在り、彼女と眺めていようと思う。
そうしたら、きっとこの長い退屈も、そこまで苦痛じゃなくなるだろうから。
そんな朝日を受けながら、クロエが炎の邪神に向かって叫んでいる。
「カーネスッ‼ なああああああああああああんでいっつもいっつも寝台に潜り込んでくるわけ⁉ 下半身暴発魔法自分にかけてないの? っていうか自分にかけてくんない?」
「店長にですか……? あ、俺に無理やり触れないように……? なんだ店長そんな気を使わなくていいのに……俺は、両想いだったら、倫理なんて関係ないと思ってます♡」
「怖い。魔法使った後、怖いか聞いてくるけど何もしてないありのままのカーネスが一番怖いよ」
「ふふふ」
「やめろ笑うな怖い」
「いや嬉しくって」
「怖い怖い怖い本当に、言い方変える、カーネス、下半身暴発魔法自分にかけてくれない? 店長命令、カーネスがカーネスにかけて」
「何言ってるんですか? 魔法なんてなくたって俺は毎朝──」
「ああああああああああああああああああ予約が入ったあああああああああっしかも閉店ぎりぎりっ20人の宴だあああああああああああっおわりだもう」
クロエが手持ちの高等術式召喚結晶を眺めてうなだれた。炎の邪神が笑みを浮かべながらその背を撫でている。
魔力を持ちえない、弱くて脆い特殊な人間と、全てを焼き尽くす炎を持つ邪神。
種族が異なる人間のことは良く分からないけれど、邪神のことは良く分かる。自分のことだから。
この世界には、多様な種族が存在しているけれど、大きく分ければ三つに分類される。
まず一つ目。
人間や獣人、聖獣や精霊に妖精、簡単にくくれば、闇を必要とせず生きられる、光の群れだ。そこには海神や龍神など、神も含まれる。
二つ目は、闇を必要とする種族。人間たちからは魔物と呼ばれ、たいてい、魔王と呼ばれる種族の長に忠誠を誓っている闇の群れだ。
そして、なにものでもない、どこにも属せない、私たち。
人の姿を成しながら人にならず、光の群れを殺し、闇の群れを喰らうこと出来るからだ。
そんな私たちを、邪神と定義した人間たちがいた。光の群れは当然として、魔物より邪悪で神すら殺せる存在。だから邪神。神としての資格がないのに、神の名を持つ皮肉な存在。
私は私が良く分からない。どうして存在するかも良く分からない。だから便宜上、そのまま受け入れている。
そして光の群れも闇の群れも、私たち邪神の魔力を脅威とし、異端だと恐怖する。
私はただそこに在っただけ。人に何かをしたことなんて一度も無かった。なのに人は、私を恐れる。
だから今度は人が私に抱く偶像の通りのことをした。
人々は死に絶え、消えた。
初めのうちは楽しかった。全てを破壊し尽くし、人々の慟哭や、悲鳴を聞き、泣き叫ぶ姿を見ることは。けれど、それも続けるうちに飽きてしまった。
そして私は、己の記憶を消した。
私でいることに飽きたから。
自分が、人ならざるものである記憶を失えば、人と同じように生活が出来る。そう思ったような気もするし、ただ単に、毎日毎日、こちらを憎悪を込めた目で見てくる人間の目にも、氷の世界も、何もかもに飽きてしまったからかもしれない。
しかし、私は、記憶を消してしまったせいで、己の魔力の認識が甘くなり、結局どこへ行っても私は化け物と忌み嫌われ続け、いつしか人さらいに捕まり、奴隷商へと売られたようだ。
けれど、触れるだけで殺せるはずの人間──クロエが、私に関わってきた。
遥か昔の人間たちは皆、私を化け物と罵った。私が寝た後、家に火をつけ、私を焼き殺そうとした。
長い月日の中、何度も、何度も、生き物たちは私を殺すことを試みる。
でも、私は死なない。死ねない。私を殺せる生き物は、私以外に存在しない。自分に魔法をかけてみたけど、勝手に回復し始めてどうにもならない。生まれた時と比べ、魔力は減っていっている。
微々たるもので、今なお神を殺すことは容易いけれど、きっと何百年と待てば、私は自然と死ねるはずだ。
だからまだ、死ぬことが出来ない。
でも、人は脆い。
クロエは死ぬ。死んでしまうのに私を庇っていた。
私が化け物であるかなんて、どうでもいいと言った。
愚かな人の子。それも、人のなかでも魔力が体内に存在しない劣等種。
なのに愉快だった。面白いと思った。久しぶりに、何百年ぶりに期待を抱いて、私はすべての記憶を取り戻した。
何かに惹かれることが、何百年ぶりなのかもう分からないけれど。心の底が満ちていくような、沸き立つような何かを感じた。
その昂りを、きっと炎の邪神も覚えているのだろう。しかし炎の邪神は生まれて間もない。自分がなにものかも分かっていない。分からぬまま、人の子を求めている。
私は、炎の邪神と同じようにクロエを想っている。でもその方向性は大きく異なる。
私は、クロエを殺してみたい。
クロエが死ぬところが見たい。彼女の姿を見て、凍らせたらどう見えるのだろうか想像する。どんな姿で溺れるのか思い描く。
クロエの死に顔はどんなものなのか。気になる。殺してみたい。でも、今のクロエを殺してしまうと、これから先のクロエの死に顔が見られない。
人間は、歳を重ねるにつれ姿を変える。「衰える」「老化」というらしい。私は変化にしか見えない。老いを感じるのは人間ゆえの感性だろう。
クロエの寝顔は、さっき見た。死に顔と寝顔は案外変わらない。今のクロエの死に顔は見たといっても過言ではない。だから、私はこれから彼女と共に在り、彼女と眺めていようと思う。
そうしたら、きっとこの長い退屈も、そこまで苦痛じゃなくなるだろうから。



