野宿において、入浴時と就寝時の油断は禁物だ。なぜならその隙を狙い、盗賊や野生動物が襲ってくるからだ。

 湯から出て着替えをすませた後、今度はカーネスが入浴をはじめた。私は見張りの為、そばでシェリーシャちゃんの髪を乾かしながら周囲の様子を窺う。

「ありがとね、カーネス」

 シェリーシャちゃんの髪を乾かしながらカーネスに話しかけると、彼は「何がですか」と首をかしげた。

「お風呂とか」
「いえ。俺のことっずっと見て頂ければ」
「当たり前だよ。裸になってる時が一番危ないんだから。ちゃんと見てるよ」
「そうですか……えへへ、俺の身体、隅々まで見ていてくださいね……!」
「あ、待ってそっちの意味で⁉ 見るわけないでしょ⁉ 変な嵌め方やめてくんない?」
「別に嵌めてないですよ。ちゃんと許可とります。許可どりのカーネスです。許可とったうえで、やっぱり、こう、ねぇ、恥ずかしいみたいなのが一番なんでね」

 カーネスが真面目に言う。誠心誠意込めてるような言い方と表情だけど、どことなく邪悪なものを感じる。怪訝な目で見ていると、彼は「ところで」と改まった様子で咳払いをした。

「石で呼んだのは、店長のなんなんですか。どんな関係ですか」
「どんな関係って関係も何もないけど」
「それ誤魔化すやつじゃないですか‼ 裏ではあれこれされてるのに‼ 読んだことある‼ その後、奥さんって何の関係もない男とこんなことするんだ? あれは……みたいな感じで盛り上げ要素に使われちゃうやつ‼」
「カーネス本当に何を読んでそうなってるの」
「セイショですね」
「そんなわけあってたまるか」

 罰あたりにもほどがある。

「それより、結局どんな関係なんですか」
「普通に客だよ。カーネスいる時は……まだ皆来たことない気がするけど……」
「はーん」
「何だその返事は」
「だって、俺より弱いやつ頼りにするから」

 カーネスは拗ねているらしい。

「それは当然だよ。皆、追放されたとか雑魚……落ちこぼれ? 最弱とかハズレスキルとかお荷物とか言ってる人たちだし」
「じゃあ何で頼りにするんですか」
「だって皆、カーネスより年上だし、奴隷扱いされてる人の保護は出来るし、それに、絶望的な状況になったことがある人たちだから、気持ちも分かるだろうし」

 皆、魔力ある人間たちに比べ、劣っていると言い、なおかつ死のうとしていたり死にかけていた。

 こっちは魔力もスキルも無い。「自分は駄目なヤツだから死んだほうがいい」みたいに生死彷徨い顔で言ってきた。

 上には上がいるように下には下がいて、魔力やスキルの大三角形の最も下に私がいる。あいつらの自己否定は私の存在否定だ。

 駄目な役立たずだって生きてていい。無価値だって存在していていい。

 そう思って貰わないと私が死ななきゃいけない奴になる。壮大な貰い事故だ。いい加減にしてほしい。

 そもそも私は、「最強」だの、「一位」だの名前の手前につく奴が嫌いだ。

 馬鹿みたいに転移魔法で飛んでくる。来るのが問題じゃない。速度が問題だ。転移魔法は速ければ速いほうがいいし、特に災害時の避難や討伐は速度が要求されるのは事実だ。

 でも食事に使うな。ひたすらに思う。

 だから向き不向きも強弱も、生きていていいか悪いかに関係ない。「最強」だって邪魔な時は邪魔だ。「みんなに好かれる人気者」も人を連れてくる。話題になるのはありがたい。

 でも、物には需要と供給がある。需要がありすぎても経営は破綻する。特に食事は過度な需要に答えようとすれば食中毒の危険性が高まる。清掃や殺菌消毒がおろそかになるからだ。

 何度も何度も言って、議論戦で勝った。魔力や魔法での勝負でなければ、案外どうにかなる。

 だから落ちこぼれてようが、駄目だろうが、いい。役立たずで無価値だとしても生きてていい。

「すー」

 シェリーシャちゃんの髪を拭いていると、彼女は寝息をたてはじめた。「すー」と言いながら寝る人、初めて見た。

 目を開いている時は「いつまばたきしてるの?」と不安になるくらい淡々としている雰囲気だけど、寝顔は年相応のあどけなさ全開だ。

 起きている時は、気を張っているのだろう。子供らしくいることが許されない環境だったのかもしれない。

 彼女の頭をそっとなでていれば、カーネスが私をじっと見た。

「なに」
「嫌な予感がします」
「どういうこと」
「寝取られる。逆ハーレムの気配を察知しています」
「なに逆ハーレムって」
「セイショにありました」

 頭がおかしい。

 でもカーネスもカーネスで、子供らしくいることが許されなかった。ハギの村はどう考えてもおかしかった。その反動かもしれない。

 彼が彼のままいるのは良くないだろうし、私も困るけど、ハギの村で苦しかった分、いや、それ以上に伸び伸びしてくれたらと思う。

 健全な範囲で。