日が暮れ始めた頃、私たちは街の求人案内所を目指し出発した。
案内所には掲示板があり、常日頃「こういう人材探してます!」という買い手側の求人票、「私こんな魔法適性があります! お仕事募集中です」という売り手側の売り込みがひしめき合っている。
とりあえずそこで水魔法適性のある人を探す算段だ。
しかし、道中、というか今現在、ある大きな問題が発生していた。
「いや近いな、距離感死んでるとかじゃなくもう、なにこれ!?」
隣を歩くカーネスは、私にぴったりとくっつくどころか、最早私の腕にめり込んでいた。普通に歩き辛い。
「監視です」
「いやもうただめり込んでいるだけだよね? 頭おかしいの?」
「でもこうしていれば変な奴は寄ってきません」
「いや、変な奴どころか人に避けられてるから。こっちが変な奴らになっちゃってるから」
「我儘言わないでくださいよ……」
「はったおすぞ」
構えを取ると、カーネスは目に見えて膨れた。やや可愛い。けど、このままだとずっとめり込まれることは勘弁願いたい。ただでさえ私はステータスなどという個人情報強制開示魔法が使える人間から、魔力なしと馬鹿みたいな偽装をしている奴に見られている。
つまり生きているだけで馬鹿の看板を下げている。恥を晒して歩いているのと同じだ。これ以上恥は重ねたくない。
「じゃあもう手を繋ごう。それで妥協だ。人生には譲歩と妥協が肝心だから。ほら。これ以上の譲歩と妥協はしない」
「いいですねえ! それで勘弁しましょう! へへ」
納得したカーネスの手を掴むとそのままカーネスは自分の口に入れようとする。睨みつけると大人しく普通に手をつないだ。
姉弟、姉妹というのは、本来こんな感じなんだろうなと思う。私は無能だったから、弟や妹から「どう接していいか分からない謎年上」としてかなり気を遣われていた。
申し訳なかったなと思う。生まれつきだからどうしようもないけど、自分が少しでも変なことしたら死ぬかもしれない相手がそばにいるのは大きな負担だ。
少し切ない気持ちになっていると、カーネスが呟いた。
「店長俺気付いたんですけど」
「なに」
「店長、手、繋ぎ慣れてないですか?」
それまでヘラヘラしていたカーネスが唐突に真顔になった。
なんだこいつ。
「なんで」
「だって普通、手繋ぐって選択肢中々出なくないですか? 手首をしめ縄とか手錠とかで」
「普通は手を繋ぐ選択肢のほうが出るよ。しめ縄とか手錠より。私は初だけど」
「どうしてです?」
「機会がなかった」
「初めてってことですか!? 俺が!? 店長の‼ 初体験を⁉」
「うるさい早く行くよ」
カーネスに感傷を吹き飛ばされた私は彼の腕を引き、歩みを進めていった。
カーネスと進んでいると、何やら怪しげなテントが転々とする通りに出た。
「ここおかしくない? 雰囲気……」
「宿ではないでしょうか。えっもしかして店長……」
「違う」
人との関わりにおいて否定は良くない。でも、今は許されていいと思う。だってこれから先、カーネスは碌なことを言わない。直感で分かった。だって目つきが犯罪者と同じ。
「大変! 今日傘持ってないのに! どこか雨宿り出来るところ探さないと……」
「ずっと晴れてる」
「帰りの馬車も無くなっちゃって⁉ お部屋も一つしかない⁉ 寝台も一つ⁉」
「ここ野道」
「店長俺床で寝ます。駄目だよカーネスを床になんて寝かせられないよ。私が床で寝るよ。店長を床で寝させるわけいかないじゃないですか‼ ……じゃあ、一緒に寝る? えっ……て、店長……? 私、カーネスなら……いいよ……。て、店長……‼」
「床で寝てろ」
「カーネス、先お風呂入ってていいよ。でも……。今日カーネス疲れてるでしょ? ……え、て、店長どうしましたか? お、お風呂に……さ、寒くなっちゃったんですか? ううん、カーネスの背中、流したほうがいいかなって……怪我してるし」
「頼むからその煩悩洗い流したほうがいい」
「店長そこっだめです……‼ え、カーネスどうしたの? きゃっ」
カーネスは幻覚を見ながら大はしゃぎしている。付き合っていられない。私は彼から視線を逸らし周囲に注意をはらう。怪しげなテントの中には鎖で繋がれた人々が俯き、そばには裕福そうな商人が揉み手をしながら笑みを浮かべていた。
「ここ奴隷市では」
「奴隷市?」
「反社会的な人間が、攫った人間を売ってるところ」
国によって事情が違うらしいけど、この国では生物を商品のように売ることが禁じられている。
豚、牛、鶏、魚、植物や果物など飲食可能なものは基本的に問題ないけど、飼育目的や冒険のおりに仲間とする生物は種類にかなり制限がありなおかつ許可が必要、人間を攫い奴隷扱いをして売ると監獄に入れられる。
刑期はその種族の平均寿命に応じてだ。
妖精? エルフ? 竜人? とかいう人間っぽい見た目の人間じゃない生き物は長生きで、人間換算の刑期だと「人身売買して儲けてちょっと牢に入って人身売買して儲けるのが最高効率ですね‼」みたいな結論に至ってしまう。
なので各々、法を犯さないのが一番いいと思うくらいの刑期が言い渡される。でも、捕まらなければいいという思考はどんな種族にもあるらしく、こうして奴隷市が開かれる。
でも、何で私たちは紛れ込んでしまったのだろう。普通、こうした奴隷市は、「関係者以外立ち入り禁止です」みたいな封印がされていて、一般人は入れない。
「おや、何かお探しですか?可愛い子が揃ってますよ?」
カーネスの手を引こうとすると、ずいっと商人の男が揉み手をしながら近づいてくる。こういう時はきっぱり断った方がいい。
「何も探してません」
「幼女はいますか?」
「カーネス!?」
断ると同時にカーネスが食い付く。
「ええ、勿論ですとも。こちらはいかがでしょうか」
そう言って商人が、店の奥にたらしている鎖を引っ張った。
やがて店の奥から、鎖を首に繋がれた少女がやってきた。透けるような薄い髪を垂らし、淡い青の瞳をしている。4歳くらいだろうか。がりがりにやせ細り、虚ろな瞳をしている。
この奴隷市を出たらこの商人、絶対通報してやろ。死刑になればいい。いいんだこんな奴は死刑で。
噂によれば監獄では力関係があるらしく、小さな子を虐待した人間が一番、悪く扱われるらしい。死刑にならずとも囚人にズタズタにされるので、司法のほうでは「わざわざ死刑で楽に死なせずとも」といった温度感と聞いた。
「まぁ、このように見栄えが少々良くないものと、幼くはないものでして、何人かの奴隷商を流れ着いてきましてねえ。どうです?」
「そうですね……ぜひともと思うのですが、なにせこちらが一軒目のお店なので、色々見て回りたくもあり……」
「ああ、だとしたら運命としてお考えいただければ! 私ども、あともう少しで店じまいをしなければなりませんので」
「え、店じまい?」
「ええ、実のところ内々に摘発があるとの情報が……なのでお客様も、早めに切り上げたほうがいいですよ」
商人が言う。話が変わってきた。このままではこの商人は摘発を逃れる。奴隷は買いたくない。というかそもそもお金がない。
少女、盗むか。
自分の余罪と、人間の命。人間の命のほうが大切さだ。
とはいえその大切さは、人によって絶対に違う。
幼女を虐待して売るような人間の命なんて皿の油汚れと変わらない。
「カーネス」
「はい何でしょう」
「いざとなったら私に命令されたって言ってほしいんだけど……」
「えっあっ分かりました。脱ぎます」
「脱がないで。あの……賊とかをいじめてた奴にやってた見てくれ魔法さ、奴隷商人だけ狙って撃つことってできる……? 殺さない程度に……」
「はい。でも、何でですか?」
「言い忘れてたけど、人間売るのって違法でさ、全員犯罪者なんだわ。ここにいるの全員……騎士団に捕縛されて欲しいんだけど、囚われてる人は、怪我とかさせたくなくて」
「分かりました。いつしましょう」
「今」
「はいっ」
カーネスは勢いよく返事をした。同時に、火山でも噴火したのかと思うような爆音があたりに響く。目の前の商人が一瞬にして火炎に包まれ、昏倒した。
「待って出すの早くない⁉ そんな早いの⁉」
「早いってどっど、どどどどっちの意味ですか⁉」
驚いているとカーネスが取り乱す。「魔法の発動速度だけど」と返せば彼は安堵した顔で「なんだ」と私を見た。
「なに? 変なこと考えてる?」
「ショタと無知おね」
「は?」
「いえ、それより全部終わりましたけどどうしますか?」
「撤退する」
このままこの場にいても奴隷商人だと間違えられる。なにせ私はカーネスを連れている。それっぽく見える。でも、囚われの奴隷たちを置いてはいけない。私は鞄から色とりどりの石をいくつか取り出した。
「店長、それは一体」
「危ない時、来てくれるらしい」
「誰が?」
お客さんたちが何かあったら床に叩きつけろと言い、渡してくれたものだ。いわゆる緊急通報装置らしい。とんでもない客や転移魔法で行列が出来る度、叩きつけてやろうか悩んでいたが、耐えて良かった。
「回復の人? とか治癒師とか薬師? あと、大きい盾とか持ってる人。売られてる人たちの保護をしてくれると思う」
私はおもむろに石を叩きつけ、『奴隷市を見つけました。宜しくお願いします』と叫ぶと、カーネスの手を取りその場をあとにした。



