百代の姿が家の中に入って行った後、社殿の石畳にいた蛇はするりと人の形を取った。
「もう、十分頑張ってくれたよ」
呟くミズハの体の周りには、黒く濃い霞が漂っている。多量の穢れに蝕まれ、気を抜くと意識を持って行かれそうだった。
もうすぐ、自分は消滅する。
直感的にそう感じていた。それでも、心は驚くほどに凪いでいる。
「最期を知ってもこんな気持ちでいられるなんて。百代はすごいなぁ」
先ほど百代が持たれていた柱に寄り掛かり、そっと自らの頭に触れる。蛇の姿で感じた彼女の優しい手の温もりが、未だに残っている気がした。
この三ヶ月間、百代が捧げてくれた献身が、ミズハの心を救った。
邪神と呼ばれ、絶望と孤独に苛まれていた自分を、彼女はひたすらに信じてくれた。その信仰がミズハ自身や、隼人、とよや恭平、草田瀬の村人を動かしたのだ。結果的に、うまくはいかなかったのかもしれないけれど、少なくとも邪神のまま消滅を迎えるのではなく、最後のひとときに神としてほんの少しでも人を救うことができた。それだけでもう、十分だった。
「百代には、幸せになってほしいんだ」
自分が消えたあと、百代のことは昔なじみの腐れ縁に頼んである。あの神なら百代を守り、助けてくれるだろう。本当は他の神に百代を渡したくはないけれど、そうも言ってはいられない。水不足の犯人についてはまだ結果がでていないが、それも彼に任せておけば大丈夫だ。
「だからこのまま、静かに終わらせてほしいのにさ」
ミズハは天を振り仰ぎ、静かに降り続ける雨を眺める。
嫌な雨だった。自然に降り注ぐものではなく、なんらかの作為を感じるような。
ミズハは腕を持ち上げ、手の平を天に伸ばして体に残る力を集めた。だが穢れの侵蝕が深く、力を使おうとすると体に激しい痛みが走る。耐えきれず、ミズハは荒い息をつきながら腕を下ろした。
自分にはもう、僅かでも雨を鎮める力さえ残っていない。
「こんなになっても、見ているしかできないのはやっぱり辛いな」
ミズハは降り続ける雨の中で自嘲した。
***
「もう、十分頑張ってくれたよ」
呟くミズハの体の周りには、黒く濃い霞が漂っている。多量の穢れに蝕まれ、気を抜くと意識を持って行かれそうだった。
もうすぐ、自分は消滅する。
直感的にそう感じていた。それでも、心は驚くほどに凪いでいる。
「最期を知ってもこんな気持ちでいられるなんて。百代はすごいなぁ」
先ほど百代が持たれていた柱に寄り掛かり、そっと自らの頭に触れる。蛇の姿で感じた彼女の優しい手の温もりが、未だに残っている気がした。
この三ヶ月間、百代が捧げてくれた献身が、ミズハの心を救った。
邪神と呼ばれ、絶望と孤独に苛まれていた自分を、彼女はひたすらに信じてくれた。その信仰がミズハ自身や、隼人、とよや恭平、草田瀬の村人を動かしたのだ。結果的に、うまくはいかなかったのかもしれないけれど、少なくとも邪神のまま消滅を迎えるのではなく、最後のひとときに神としてほんの少しでも人を救うことができた。それだけでもう、十分だった。
「百代には、幸せになってほしいんだ」
自分が消えたあと、百代のことは昔なじみの腐れ縁に頼んである。あの神なら百代を守り、助けてくれるだろう。本当は他の神に百代を渡したくはないけれど、そうも言ってはいられない。水不足の犯人についてはまだ結果がでていないが、それも彼に任せておけば大丈夫だ。
「だからこのまま、静かに終わらせてほしいのにさ」
ミズハは天を振り仰ぎ、静かに降り続ける雨を眺める。
嫌な雨だった。自然に降り注ぐものではなく、なんらかの作為を感じるような。
ミズハは腕を持ち上げ、手の平を天に伸ばして体に残る力を集めた。だが穢れの侵蝕が深く、力を使おうとすると体に激しい痛みが走る。耐えきれず、ミズハは荒い息をつきながら腕を下ろした。
自分にはもう、僅かでも雨を鎮める力さえ残っていない。
「こんなになっても、見ているしかできないのはやっぱり辛いな」
ミズハは降り続ける雨の中で自嘲した。
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