夜明けを告げる鬨の声が王都に響き渡った。最後の総攻撃が始まったのだ。反乱軍の雄叫びが城壁にこだまし、一斉に攻城兵器が動き出す。

 私はクロイツと共に、指揮所から戦いの行方を見守る。私の提案した複合的な最終決戦計画は、驚くべき効果を見せ始めた。
 まず、王都北部の水門が突破され、第一部隊が雪崩れ込む。それに呼応するように、王都内部からも火の手が上がり、民衆の怒号が響き渡った。

「進め!迷うな!」

 指示をしたクロイツは、精鋭部隊を率いて、突破口から真っ先に城内へと突入する。彼の背中を見送りながら、私の胸は祈りで一杯だった。

 戦闘は、想像を絶するほど激しかった。王都軍も必死の抵抗を見せたが、内部からの蜂起と補給路の寸断、そして何よりも私たちの士気の高さが、彼らをどん底に突き落とした。
 激しい市街戦が続き、剣戟の音が鳴り響く。私は指揮所から、刻一刻と変わる戦況を分析し、カチュールと共に細かな指示を出し続けた。
 何時間もの激戦の末、ついに新国王トビ・デグベルが、中央広場で捕らえられたという報せが届いた。

「マ、マリー様! 勝ちました!」

 カチュールが歓喜の声を上げる。私もまた、安堵と勝利の喜びに涙が止まらなかった。兵士たちの間からは、どよめきと、そして勝利の雄叫びが上がる。長かった戦いが、ついに終わったのだ。

◇◆◇◆

 しかし、喜びもつかの間、王都は悲惨な状況にあった。

 街はトビ・デグベルの暴政により荒れ果てており、戦いの影響もそれに拍車をかけていた。クーデターからの復興が手つかずの区画すらある。かつての活気は失われ、勝利の雄叫びさえ、その荒廃した景色に吸い込まれていく。私はクロイツと共に、奪還した王都を歩いた。
 焦げ付く木材の匂いと、乾いた埃の粒子が鼻腔を突く。かつて華やいだ大通りは、瓦礫と、生気のない人々の顔で埋め尽くされ、ただ国の悲鳴が聞こえるようだった。

「見て……ひどいわ、クロイツ」

 私の胸は痛みで締め付けられた。この光景が、私たちが勝利の代償として支払ったものなのか。
 クロイツは何も言わず、私の隣を歩き続ける。彼の顔にも、疲労と、この惨状への痛みが読み取れた。

 私たちは、城壁の破損がひどい一角を訪れた。そこには、激しい攻防戦の痕跡と思われる大きな亀裂があり、その向こうには、攻城兵器により半壊した家屋が立ち並んでいた。幼い頃、家族と訪れた市場があった場所だ。

 色とりどりの商品が並び、人々の笑い声が響いていたあの賑わいは、どこにも見当たらなかった。胸の奥から、言いようのない喪失感がこみ上げてくる。

「こんな王都で、どうやって民衆の希望を取り戻せばいいの……?」

 私の声は、震えていた。

◇◆◇◆

 私たちは、王都の現状を一望できる鐘塔へと向かった。ここからなら、王都の全景が見渡せるはずだ。石段を上る足取りは重かった。一段一段上るたびに、この国の未来の重みが、私の肩にのしかかった。
 たどり着いた鐘塔の頂上から、私は眼下に広がる破壊された街並みを見下ろした。遠くまで続く瓦礫の山、崩れ落ちた建物、煙が立ち上る家屋の跡。
 かつて美しかった王都の面影は、どこにもなかった。復興に向けた途方もない困難が、改めて私の目の前に突きつけられた。不安が押し寄せる私の傍で、クロイツが静かに言った。

「マリー」

 彼の声に、私ははっと顔を上げた。

「大丈夫だ。君は、一人ではない」

 彼の瞳は、私をまっすぐ見つめ、何の曇りもなかった。その深く、そして温かい光に、私の胸は震えた。

「私がいつまでも君のそばにいるから」

 その言葉に、私は驚き、彼の顔を見上げた。彼は、私の女王としての重圧を理解し、その上で、改めて誓いの言葉を口にした。

「女王としての重責を負う君を、私は支えたい。そして、一人の女性として、君を愛している」

 私は彼に寄り添い、震える声で告げた。

「クロイツ……あなたなしでは、この国を治めることはできないわ。この国を、そして民衆を救うために、あなたの力が必要なの。私の隣にずっといて、共にこの国を治めてほしい」

 私の切なる願いを受け止めたクロイツは、温かさが滲んだ表情を私に向ける。彼は言葉を選ぶように一瞬の間を置き、それから迷いのない眼差しで私を見つめ返した。静かに、しかし確かな決意を込めて、彼は深く頷いた。
 その瞬間、私は胸の奥に灯った希望の熱に震えた。そして、クロイツは震える私の体を強く、しかし慈しむように抱きしめた。彼の腕の中で、私はこれまでの重圧から解放されるかのように、深く、長い安堵のため息をついた。
 クロイツの温かい体温と、彼自身の匂いが、私の心を包み込み、全てを癒していく。

「マリー」

 彼の声が、私の耳元で囁かれる。私は彼の顔を見上げると、彼の瞳が、私への揺るぎない愛と、未来への確かな決意で満たされているのが見えた。

 王都を照らす黎明の光の中で、私たちは永遠の愛を誓い合った。
 彼の唇が優しく、しかし確かな力で私の唇を捉えた瞬間、私は世界の全てが止まるのを感じて心が震える。夜明け前の仄暗い空の下、王都の惨状を目の当たりにしながらも、私たちは確かに繋がっていった。
 彼の温かい唇は、冷えた私の心を温め、震える指先を静める。私は彼の首に腕を回し、その体に強くしがみつく。
 それは、ただ愛し合うだけではない、共に生き、共に戦い、共に未来を築くという、魂の誓いであった。深く重なり合う唇の中で、痛みと悲しみと絶望が、希望と愛、確かな未来へと変容していくのを感じた。

 この温もりに、私たち二人の、そしてこの国の全ての可能性が満ちていた。そのキスは、終わりのない悲劇の終焉であり、新たな時代の幕開けを告げる、深紅の誓いだった。

 光陰歴一〇九二年、女王マリーと王配クロイツの物語は、ここから始まる。

 荒廃したこの国を、私たち二人の力で、必ず立て直してみせる。
 
 平和と希望に満ちた未来を、この手で掴んでみせる。

(完)


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