王都包囲が長期化し、反乱軍と新王朝軍の睨み合いは、気づけば一年近く続いていた。季節は幾度も巡り、戦場の泥は乾き、そしてまた雨に濡れる。
 戦場の泥は乾き、そしてまた雨に濡れる。時間だけが、残酷なほどにゆっくりと流れていく。しかし、私は決して諦めなかった。この膠着状態を打破するため、私はカチュールと共に、外交戦略を本格化させる。
 新国王トビ・デグベル大公の重税政策や独裁に不満を抱きながらも、去就を決めかねていた貴族たちへの接触を強めた。夜な夜な、密使が王都周辺の貴族領へ向かい、彼らからの返答を待つ日々は、焦燥と期待が入り混じるものだった。

「マリー様、本当に効果があるのでしょうか? 彼らは皆、狡猾で保身を第一に考える者ばかりです」

 カチュールが、疲れた顔で私に問う。彼もまた、連日の交渉と密使の手配に心身をすり減らしているのが分かった。

「ええ、必ず。彼らにも家族があり、領地があります。このままトビ・デグベルの暴政が続けば、彼らの未来も潰える。そのことを、具体的に示さなければなりません」

 私は、書き上げた書簡を手に、熱のこもった声で応える。

 私は書簡に、私の正統性、そして『深紅の女神』の預言を改めて強調した。そして、今や王都の陥落が時間の問題であること、そして何よりも、私たちが目指す未来が、彼らの領地の安定と繁栄、そして公正な社会の実現であることを、懇々と訴えかけた。

「私たちが必要としているのは、ただの兵力ではありません。彼らが自らの意志で、この国の未来を共に築こうと決意してくれること。それが、この戦いを真の勝利へと導く鍵です」

 クロイツが、私の隣で静かに見つめている。彼の表情は相変わらずだが、私の言葉を深く理解し、支持する気持ちが彼の眼差しに見て取れた。

◇◆◇◆

 反乱軍が王都を包囲し、各地の国民の反乱が激化する中で、ついに新王朝の敗色が濃厚になるにつれて、一部の貴族たちが動き出した。
 初めは小さな変化だった。秘密裏に送られてくる少量の物資。そして、新王朝軍の動きに関する密かな情報。しかし、その動きは徐々に大きくなっていった。

「マリー様、吉報です! 北部のガレン伯爵が、私たちの味方につくことを表明しました! 物資と、兵士を派遣してくれるとのこと!」

 ある日、カチュールが息を切らしながら飛び込んできた。その報告に、私の胸は大きく高鳴った。ヴィクトラン侯爵が、長年の友であるガレン伯爵を粘り強く説得してくれていた成果だ。私は思わずクロイツの顔を見上げた。彼の表情にも、わずかながら安堵の色が浮かんだ。

「それは、大きな一歩です、クロイツ。これで、私たちの攻城戦も、現実味を帯びてくるわ」
「マリー、彼らの兵力は、練度が高い。戦力として非常に大きい」

 クロイツはいつも通り簡潔だったが、その言葉には深い意味が込められているのが分かった。侯爵家当主やカチュールの粘り強い説得、そしてクロイツ率いる反乱軍が示した不屈の粘り強さが、決定的な決め手となったのだ。何よりも、王都を包囲し続け、決して諦めない私たちの姿勢が、新王朝の未来に疑問を抱く貴族たちの心を動かした。


◇◆◇◆
 数家の有力貴族が密かに反乱軍への合流を表明し、参陣した彼らから物資の提供を受ける。飢えと疲弊に苦しんでいた反乱軍にとって、それはまさに恵みの雨だった。負傷者のための薬、温かい食料、そして新たな兵士たちの顔には、疲労の奥に希望の光が宿っている。

 ついに、総攻撃に必要な戦力を確保した私たちは、王都奪還に向けた最後の作戦会議を開いた。集まった幹部たちの顔には、疲労と同時に、覚悟の光が宿っていた。

「では、マリー様。最終計画の提案をお願いいたします」

 ヴィクトラン侯爵が、私に促した。私は大きく息を吸い込み、広げられた地図の前に立った。

「増強された戦力と、疲弊しきった敵の状況を冷静に分析した結果、王都の最も脆弱と思われる地点への集中攻撃、そして内部からの蜂起を促す複合的な最終決戦計画を立案しました」

 私は、王都の地形図を指しながら、各部隊の配置、攻撃のタイミング、内部工作員の役割まで、細部にわたる指示を出した。声は、重苦しい会議室に響き渡り、皆の顔に決意の光が灯った。

「北部城壁の古い水門、あそこが最も守りが手薄です。第一部隊は、そこを突破し、城内に突入します。同時に、王都内部の我々の協力者が、中央広場で火の手を上げ、民衆の蜂起を促す。第二部隊は、正面から陽動攻撃を仕掛け、敵の注意を引きつける。
 そして、クロイツが率いる精鋭部隊は、第一部隊の突破と同時に、突破口から城内に雪崩れ込み、混乱に乗じて敵の中枢へ向かうのです」

 私の言葉は、淀みなく続いた。この日のために、私は幾度も地図を睨み、あらゆる可能性を想定し、全ての対策を講じた。頭の中には、勝利への道筋が鮮明に描かれていた。

「この作戦の成功には、各部隊の連携が不可欠です。一秒の遅れも、命取りになります。しかし、この計画が成功すれば、新王朝は内側から崩壊するでしょう」

 会議を終え、幹部たちがそれぞれの持ち場へ向かう中、私はクロイツの隣に立った。

「クロイツ……これで、本当に終わるのね」

 私は彼の腕にそっと触れた。長かった戦いの日々が、走馬灯のように脳裏をよぎる。

「マリー、これですべてが終わる」

 彼の声は、静かだが、その中に込められた決意と、わずかな疲労が感じられた。

「あなたの無事を、何よりも願っているわ」

 私は彼の頬に触れる。泥と髭に覆われた彼の顔は、過酷な戦いを物語っていた。

「必ず無事に戻る。そして、君に勝利を捧げる」

 彼は私の手を握り、力強く言った。その温かさに、私の心の不安は溶けていく。

 反乱軍全体の士気は最高潮に達し、王都奪還に向けた最後の激戦への準備が整った。日の出とともに、いよいよ決戦の火蓋が切って落とされる。
 私たちは、静かに、しかし確かな希望を胸に、夜明けを待った。
 闇が明け、新しい時代が始まるのだ。