挙兵から数ヶ月が経った。私の策によって各地で国民の反乱が激化し、その勢いを増した私たちは、ついに王都へと進軍した。その進撃は、まさに怒濤のごとくであった。
 新王朝の暴政に苦しむ民衆は、私が深紅の女神の再臨であるという噂と、新王朝の不正に関する具体的な情報に強く動かされ、私たちを熱狂的に支持した。

 私が率いる反乱軍の主力部隊は、道中のいくつかの地方都市を解放し、行く先々で民衆からは熱狂的な歓迎を受けた。彼らは、私たちを救世主のように迎え、自ら志願して兵に加わる者も少なくなかった。
 私は、自分の決意が間違っていなかったことを確信する。

 しかし、王都の城壁に近づくにつれて、新王朝軍の抵抗は激しさを増していった。王都は、この国の心臓部。国王トビ・デグベルは、ここが最後の砦とし、彼の私兵団と、わずかに残った国王軍の精鋭が、必死の抵抗を続けていた。

 王都の城壁は、噂に違わず堅牢だった。高さ数十メートルの分厚い石壁がそびえ立ち、その上には練度の高い衛兵が隙間なく並び、鋭い眼光でこちらを睨んでいる。
 諜報からの報告では、トビ・デグベル国王自ら率いる強力な本隊が、王都の城壁の守備についているとのことだった。
 かつては王都の象徴であったその城壁が、今は私にとって、乗り越えなければならない巨大な壁として立ちはだかる。

 私たちは幾度かの総攻撃を試みた。しかし、分厚い城門はびくともせず、容赦なく降り注ぐ矢や、投石器から放たれる巨石の攻撃の前に、私たちは大きな損害を出し、突破口を開くことができなかった。
 幾度も攻城兵器を近づけようとしたが、城壁からの猛攻により、ことごとく破壊されてしまう。兵士たちの命が、砂のように零れ落ちていく現実に、私の胸は痛みで締め付けられる。

◇◆◇◆

 軍事的な膠着状態が続き、戦場は泥沼と化した。反乱軍の兵士たちは、日夜続く攻防戦と、寒さ、そして食料不足に疲弊し始めている。このままでは、士気が低下し、反乱そのものが頓挫してしまうかもしれない。
 この状況を打破するため、私は情報戦を継続する。王都内部にも秘密裏に連絡員を潜入させ、彼らに指示を出した。王都の民衆に、食糧不足や疫病の発生といったデマを流し、兵士たちの不安を煽るためだ。
 混乱を極めた市井では、そうした情報が瞬く間に広がり、王都軍の兵士たちの間にも動揺が広がっているという報告が届き始める。兵士たちが、家族の安否を案じ、あるいは食料の配給に不満を漏らしているという。

 同時に、各地で激化する国民の反乱は、王都軍にとって致命的な打撃を与え始めた。私たちの策によって各地で蜂起した民衆は、新王朝の補給路を寸断し、王都への食料や物資の供給を阻害していく。
 さらに、王都へと向かっていたはずの新王朝の援軍も、各地の反乱によって足止めされ、到着が阻まれるなど、じわじわと王都を孤立させていった。王都の城壁を包囲しているのは、私たち反乱軍だけではない。飢えと、病への恐怖、そして内部の不満が、王都を内側から蝕み始めていた。

 クロイツは、突破できない現状に苦悩していた。夜、焚き火の傍で休む彼の顔には、疲労と焦りの色が濃く見える。彼は常に冷静で、感情を表に出すことは滅多にない。しかし、その瞳の奥には、兵士たちの損害に対する痛みと、この戦いを勝利に導かねばならないという重圧がはっきりと見て取れた。

 それでも、彼は私の策がもたらす効果を信じ、私を支え続けてくれる。私の提案に、彼は一度も異論を唱えることなく、黙って受け入れ、実行してくれた。
 軍の士気を維持するために、彼は誰よりも前線で戦い、兵士たちを鼓舞し続けた。彼の剣さばきは、どんな時も鋭く、敵を圧倒する。その姿は、兵士たちにとって、何よりも頼れる存在だった。

 反乱軍内部でも疲労や焦りが生じ始めていた。日々の戦い、先の見えない状況に、兵士たちの間にも諦めや不満が募り始めている。
 しかし、私とクロイツは互いを支え合い、来るべき総攻撃の機会を、ひたすら耐え忍んで待っていた。

◇◆◇◆

 夜、クロイツは私に温かいスープを差し出した。彼の顔には泥と血がこびりついている。私は彼の顔を拭い、彼の手を握った。私たちの手は、過酷な日々の中で固く結ばれ、言葉以上の絆を育んでいた。

「ごめんなさい、クロイツ。私の力不足のせいで……」

 私の声が震えた。こんなにも多くの命が失われているのに、私はまだ、突破口を見つけられずにいる。
 彼は私の言葉を遮るように、静かに首を横に振った。

「いや、マリー。君の策がなければ、私たちはここまで来られなかった。多くの民が、君を信じて立ち上がった。それは、何よりも大きな力だ」

 彼の言葉が、私の心を優しく撫でた。彼の精悍な表情には、疲労の奥に、私への揺るぎない信頼が見て取れる。

「しかし……この膠着状態が、兵士たちの士気を削いでいる。何か、決定的な一手が必要だ」

 クロイツの言葉に、私もまた、深く頷いた。私たちは互いの視線の中で、言葉にならない焦りと、打開策への渇望を共有した。

「大丈夫よ、クロイツ。必ず、道は開けるわ」

 私の言葉に、彼は静かに頷く。この戦いは、私と彼、そして兄ローレンの夢だ。
 どんな困難が待ち受けていようとも、私たちは決して諦めない。王都の城壁は、まだ高い。
 だが、その壁の内側では、すでに崩壊の兆しが見え始めている。
 私たちは、その時を、ひたすら耐え忍んで待つ。民衆の希望を背負い、この国に真の平和を取り戻すために。