あの夜、クロイツとの口づけを通じて愛と決意を固めた私の心は、もはや一片の迷いもなかった。私は生き残った開明派の要人であるヴィクトラン侯爵、カチュール、そして侯爵家の主要メンバーと共に、具体的な反乱計画の立案を進める。
侯爵家の書斎に集った私たちは、地図を広げ、議論を重ねた。当初、ヴィクトラン様は、既存の軍事力をいかに効率的に運用するかという点に重点を置いていたが、私は、彼らの考えとは異なる視点から提案を行った。
「皆様、現状の戦力で新王朝の軍と正面からぶつかるのは、あまりに無謀です。我々が勝利するためには、民衆の力を味方につけ、内側から敵を崩す必要があります」
私の言葉に、会議室の空気が一瞬張り詰める。貴族たちは、民衆を民衆を巻き込み、その力を結集させるという発想に慣れていなかったのだろう。しかし、私は臆することなく、かつて読んだ異国の革命に関する文献から得た知識と、自身の聡明さを活かし、情報戦と心理戦を組み合わせた国民扇動戦略を詳細に提示した。
「まず、新王朝の不正や重税を告発する秘密情報網を構築します。徴税役人の暴挙、食料の横領、民衆への不当な弾圧……そういった事実を収集し、広範囲に拡散するのです。この情報収集と拡散こそが、民衆を動かす上での土台となります。」
私は、情報の伝達経路、口伝えや書面による拡散方法、そして情報の信憑性を高めるための工夫について説明した。貴族たちは真剣な表情で耳を傾ける。
「そして、もう一つ。国民に広く信じられる建国譚『深紅の女神』の預言を、私の存在と結びつけて広めるのです。私が民を救うために現れた、預言の女神であると」
私の提案に、カチュールは息をのんだ。彼自身が以前に提案したことだったが、私が具体的な戦略として提示したことで、その意味合いが大きく変わったのだろう。私は、一度は拒絶した「女神」の役割を、今度は自ら受け入れる覚悟を決めていた。その重責は変わらず胸を締め付けたが、クロイツの言葉とキスが、私に確かな勇気を与えてくれた。
会議が白熱する中、ヴィクトラン様が口を開いた。
「では、反乱軍の指揮は、クロイツ殿に一任するということでよろしいか」
彼の言葉に、皆が頷いた。そもそも反乱を計画した開明派貴族はみな武芸に秀でていない。そして、近衛騎士団第三部隊副隊長であるクロイツは、これまでも私の護衛として卓越した能力を発揮している。その冷静な判断力と武勇は誰もが認めるところだ。しかし、私はその提案に対し、毅然とした態度で自身が陣頭指揮することを表明した。
「いいえ。私は、ただ安全な場所に身を隠しているわけにはいきません」
周囲は、私の言葉に驚き、ざわめいた。ヴィクトラン様が、不安げな表情で私を見つめる。
「マリー様のご身に何かあれば、全ての望みが断たれてしまいます。どうか、ご再考ください」
侯爵家当主として、彼の言葉には深い配慮が込められていた。カチュールもまた、危険を承知で留まるよう説得をし始める。
「マリー様、お気持ちは分かりますが、あなたは我々の象徴です。もしも何かあれば、民衆の士気が失われ、全てが水泡に帰してしまいます。どうか、安全な場所から指揮を執ってください」
彼らの心配は、私を想ってのことだと理解できた。しかし、私の決意は揺るがなかった。
「私がここにいるのは、建国譚の預言によるだけではありません。家族を奪われた私自身の、そしてこの国を愛する者としての意志です。彼らが命を賭けて立ち上がるのなら、私もまた、同じ場所に立たねばなりません」
私は、彼らの目をまっすぐに見据える。
「民衆は、ただの伝説ではなく、自らと共に血を流し、汗を流す指導者を求めているはずです。私が安全な場所から指示を出すだけでは、彼らの心は決して動かないでしょう。彼らに、希望を見せるためには、私が先頭に立たなければならないのです」
私の強い意志と言葉に、誰もが沈黙した。会議室には、私の言葉の余韻だけが響き渡る。彼らは、私の決意の固さに、もはや何も言えなくなった。
クロイツもまた、私の隣で静かに立っていた。彼は、一瞬の逡巡の後、私の決意を受け入れたかのように静かに頷いた。
彼の瞳には、守るべき存在の隣に、共に戦う覚悟が宿っている。その視線は、私への揺るぎない信頼と、私を護るという彼の誓いを、改めて私に示していた。
◇◆◇◆
計画の始動と共に、私の策は驚くほどの効果を発揮した。侯爵家が持つ密かな伝手と、カチュールが各地に送り出した信頼できる者たちが、秘密情報網の核となった。
新王朝の不正や重税に関する具体的な情報が、流言飛語として瞬く間に市井に広まる。加えて、私を「深紅の女神」の再臨であるとする話が、人々の間で囁かれ始めた。
新国王トビ・デグベルの統治下で疲弊していた国民の不満は、まさに乾いた薪に投げ込まれた火種のように、瞬く間に燃え上がる。
各地で徴税役人が襲われたり、地方の食料庫が民衆によって奪われたりするなど、小規模ながらも自発的な反乱が勃発し始めた。それは蜂起というよりも、民衆の怒りが爆発した結果としての、収拾のつかない動きだった。
これにより新王朝は初動から混乱し、挙兵した反乱軍は各地の国民を味方につけながら、当初の予想を上回る勢いで挙兵していく。徴税役人の暴挙や食料の横領といった具体的な悪行が明るみに出るたびに、民衆の怒りは増幅し、彼らは自ら反乱軍に加わるようになった。
反乱軍の士気は高く、国王軍の一部もまた、国内の混乱と、私という「深紅の女神」のカリスマ性に揺らぎ始めるのだった。
私は、民衆の熱狂を肌で感じる。彼らの眼差しには、私への希望が満ちていた。この希望を絶やしてはならない。
私は、クロイツと共に、この国の未来を、そして何よりも、この民衆の希望を護るために、先頭に立って戦い続けることを改めて誓う。
そして、戦いの炎は、今、まさに燃え上がろうとしていた。
侯爵家の書斎に集った私たちは、地図を広げ、議論を重ねた。当初、ヴィクトラン様は、既存の軍事力をいかに効率的に運用するかという点に重点を置いていたが、私は、彼らの考えとは異なる視点から提案を行った。
「皆様、現状の戦力で新王朝の軍と正面からぶつかるのは、あまりに無謀です。我々が勝利するためには、民衆の力を味方につけ、内側から敵を崩す必要があります」
私の言葉に、会議室の空気が一瞬張り詰める。貴族たちは、民衆を民衆を巻き込み、その力を結集させるという発想に慣れていなかったのだろう。しかし、私は臆することなく、かつて読んだ異国の革命に関する文献から得た知識と、自身の聡明さを活かし、情報戦と心理戦を組み合わせた国民扇動戦略を詳細に提示した。
「まず、新王朝の不正や重税を告発する秘密情報網を構築します。徴税役人の暴挙、食料の横領、民衆への不当な弾圧……そういった事実を収集し、広範囲に拡散するのです。この情報収集と拡散こそが、民衆を動かす上での土台となります。」
私は、情報の伝達経路、口伝えや書面による拡散方法、そして情報の信憑性を高めるための工夫について説明した。貴族たちは真剣な表情で耳を傾ける。
「そして、もう一つ。国民に広く信じられる建国譚『深紅の女神』の預言を、私の存在と結びつけて広めるのです。私が民を救うために現れた、預言の女神であると」
私の提案に、カチュールは息をのんだ。彼自身が以前に提案したことだったが、私が具体的な戦略として提示したことで、その意味合いが大きく変わったのだろう。私は、一度は拒絶した「女神」の役割を、今度は自ら受け入れる覚悟を決めていた。その重責は変わらず胸を締め付けたが、クロイツの言葉とキスが、私に確かな勇気を与えてくれた。
会議が白熱する中、ヴィクトラン様が口を開いた。
「では、反乱軍の指揮は、クロイツ殿に一任するということでよろしいか」
彼の言葉に、皆が頷いた。そもそも反乱を計画した開明派貴族はみな武芸に秀でていない。そして、近衛騎士団第三部隊副隊長であるクロイツは、これまでも私の護衛として卓越した能力を発揮している。その冷静な判断力と武勇は誰もが認めるところだ。しかし、私はその提案に対し、毅然とした態度で自身が陣頭指揮することを表明した。
「いいえ。私は、ただ安全な場所に身を隠しているわけにはいきません」
周囲は、私の言葉に驚き、ざわめいた。ヴィクトラン様が、不安げな表情で私を見つめる。
「マリー様のご身に何かあれば、全ての望みが断たれてしまいます。どうか、ご再考ください」
侯爵家当主として、彼の言葉には深い配慮が込められていた。カチュールもまた、危険を承知で留まるよう説得をし始める。
「マリー様、お気持ちは分かりますが、あなたは我々の象徴です。もしも何かあれば、民衆の士気が失われ、全てが水泡に帰してしまいます。どうか、安全な場所から指揮を執ってください」
彼らの心配は、私を想ってのことだと理解できた。しかし、私の決意は揺るがなかった。
「私がここにいるのは、建国譚の預言によるだけではありません。家族を奪われた私自身の、そしてこの国を愛する者としての意志です。彼らが命を賭けて立ち上がるのなら、私もまた、同じ場所に立たねばなりません」
私は、彼らの目をまっすぐに見据える。
「民衆は、ただの伝説ではなく、自らと共に血を流し、汗を流す指導者を求めているはずです。私が安全な場所から指示を出すだけでは、彼らの心は決して動かないでしょう。彼らに、希望を見せるためには、私が先頭に立たなければならないのです」
私の強い意志と言葉に、誰もが沈黙した。会議室には、私の言葉の余韻だけが響き渡る。彼らは、私の決意の固さに、もはや何も言えなくなった。
クロイツもまた、私の隣で静かに立っていた。彼は、一瞬の逡巡の後、私の決意を受け入れたかのように静かに頷いた。
彼の瞳には、守るべき存在の隣に、共に戦う覚悟が宿っている。その視線は、私への揺るぎない信頼と、私を護るという彼の誓いを、改めて私に示していた。
◇◆◇◆
計画の始動と共に、私の策は驚くほどの効果を発揮した。侯爵家が持つ密かな伝手と、カチュールが各地に送り出した信頼できる者たちが、秘密情報網の核となった。
新王朝の不正や重税に関する具体的な情報が、流言飛語として瞬く間に市井に広まる。加えて、私を「深紅の女神」の再臨であるとする話が、人々の間で囁かれ始めた。
新国王トビ・デグベルの統治下で疲弊していた国民の不満は、まさに乾いた薪に投げ込まれた火種のように、瞬く間に燃え上がる。
各地で徴税役人が襲われたり、地方の食料庫が民衆によって奪われたりするなど、小規模ながらも自発的な反乱が勃発し始めた。それは蜂起というよりも、民衆の怒りが爆発した結果としての、収拾のつかない動きだった。
これにより新王朝は初動から混乱し、挙兵した反乱軍は各地の国民を味方につけながら、当初の予想を上回る勢いで挙兵していく。徴税役人の暴挙や食料の横領といった具体的な悪行が明るみに出るたびに、民衆の怒りは増幅し、彼らは自ら反乱軍に加わるようになった。
反乱軍の士気は高く、国王軍の一部もまた、国内の混乱と、私という「深紅の女神」のカリスマ性に揺らぎ始めるのだった。
私は、民衆の熱狂を肌で感じる。彼らの眼差しには、私への希望が満ちていた。この希望を絶やしてはならない。
私は、クロイツと共に、この国の未来を、そして何よりも、この民衆の希望を護るために、先頭に立って戦い続けることを改めて誓う。
そして、戦いの炎は、今、まさに燃え上がろうとしていた。



