——死にたい。

 そんな言葉が彼女の口からこぼれ落ちた時、僕の中に静かな波紋が広がる。本気で死にたいなら、誰にも告げずにそっと姿を消すだろうと思ったからか、気持ち悪いなんて思ってしまった。

 おそらく彼女は、また誰かの優しさを求めているのだ。
 彼女は本当に繊細な人間だから。一度傷つけば、まるでガラス細工のように砕け散ってしまう。

 そんな彼女を守るのは僕だけではない。もっと明るい誰かもいて、臆病で涙もろい誰かもいる。
 みんな彼女の中で、どこか疲れていた。
 それでも、僕たちは黙って耐えていた。彼女の感情の荒波に飲まれながら、必死に堪えていた。
 それが「守る」ということだと信じて。

 僕は黙って見守った。
 彼女が壊れないように、ただ、なんとなく。


 ある日突然、彼女は言葉を止めた。呼吸が浅くなり、目の奥に揺らめく影が見えた。

 彼女の中の人が入れ替わるのを、僕は見逃さなかった。雰囲気が変わるたびに、彼女の存在もどこか遠くなる。

 まるで別の人間が入れ替わるように。
 僕はその時、自分が知らない誰かを愛しているのではないかと、不安になった。

「……こんなに混ざり合って、君はどこにいるんだろうね」

 問いかける僕に、彼女はただ黙ったままだった。近くにいるのに、こんなに遠い。
 寂しくても、悲しくても。辛くても僕はもう決めたんだ。どんなに彼女が分裂しても、どんなに迷子になっても、全部を抱きしめてやるって。

「君は一人じゃない。僕もここにいる」

 彼女の瞳が揺れ、やがて涙が溢れた。そして、初めてちゃんと目が合った。


「私……いま、さつきだよ」


——その響きは、今までにない優しさを含んでいた。僕たちは、まだ終わらない物語の途中にいる。だけど、この一瞬だけは、確かに繋がっていた。