その日の午後、リサは村を周り、薬草摘みの手伝いを頼んだ。難色を示した者はおらず、皆こころよく引き受けてくれた。

 二日後の夕暮れ、約束どおり現れたユリウスは、薬を確認するとすぐに重たい袋を置いた。予想できたことだが、見れば、中には大金が詰まっている。

「……あの……ユリウス様ご自身の給金ではありませんよね?」
「先日の話をして俺が身銭を切るほど馬鹿に見えるか? 辺境伯から引き出したものだ。騎士団内でよく効くと評判になっていたお陰で高値で買い取らせることができた」

 それならよかった。胸を撫で下ろし、他の人達が誤解しないうちにと仕事に応じて金を分ける。皆から口々に感謝されながら金を分配し終えた後、リサは、ユリウスが馬から降りたまま待っていたことに気が付いた。

「……あの、どうかなさいました?」
「いや。いい関係だと見ていただけだ」
「ええ、この村の方々は穏やかで優しくて、いい人ばっかりですから」
「それでも、人は変わると言っただろう」

 親切や厚意を受け取っているうちに、それが当たり前になってしまうから。前回と同じで、妙にその点を強調するものだ。

「……ユリウス様にもご経験があったのですか?」
「いや。俺にはなかった」

 本当だろうか? 訝しんだが、ユリウスは薬の袋を馬に積み始めながら「保管方法に制限はあるか」と誤魔化した。

「湿気の多いところにはおかず、あまり暑いところには保管しないようにしていただければ大丈夫です」
「そうか。次はいつ来ればいい」
「そうですね……毎日採っていては森も枯れてしまいますし……。ああいえ、でも、別の種類のものであればすぐに採集して薬にできますから――」

 あれ、と喋っていてリサは戸惑った。

 ユリウスのしたことは、自給自足生活のこの村に外部と取引できる仕事を与えるということだった。みんな、薬草摘みは喜んでやってくれたし、いまそこでもお金が入ったことに喜んでいる。だからユリウスが薬を買い取ってくれるのはこの村のためになる。

 しかし、そうではなく、いまの自分は“ユリウス様がすぐ来てくれるように”と──自分は、村のためではなく自分がどうしたいかを考えたのではないか?

 なぜそんなことを考えてしまったのか。リサは一人で戸惑いながら「でも、騎士団で必要になるものは痛み止めくらいで……」と言い訳をした。

「他の種類の薬は、必要ありませんよね……」
「それは物によるとしか言いようがないな。例えば、そうだな、質の悪い酒を飲んで次の日に使い物にならなくなる馬鹿もいる。そのときに――」
「それならトーリン草とスピナッチを混ぜたものを飲めば多少気分が良くなると思います!」

 渡せる薬がある! 思わず身を乗り出してしまった後で、目を丸くしたユリウスを見て我に返った。

「す、すみません……つい……たまにカスパーさん――あの隻腕の方がこっそりお酒を飲むんですが、次の日に気分を悪くしたときにはそれを……お役に立てると意気込んでしまいまして……」

 嘘だった。役に立てるなんて殊勝な気持ちはどこにもなかった。

 ただ、ユリウスがここに来てくれる口実が欲しかった。

 それにユリウスが気付くはずもない。そうか、と無愛想な顔を少し明るくするだけだ。

「それはあると助かるな。領主が欲しがるとは限らないから最初の薬ほど高値で買い取れるかは分からないが……」
「構いません、だって――」

 ユリウスに会えるのなら、そう言いかけて慌てて飲みこんだ。

「……鎮痛の薬を高く買っていただけるのですから、滋養の薬は安くても、合わせれば適正な価格になりますでしょう? それで充分です」
「村の連中がそれでいいなら、こちら側が応じることに問題はない。労働力が余っていてそれを活用できるなら互いにいい関係になるが、金に目のくらんだ連中が働き過ぎないようには見張っておけ」

 無茶をして体を壊さないように、と心配してくれているのだ。ユリウスの言葉の訳し方が分かってきたリサは、クスクスと笑ってしまった。ユリウスは怪訝な顔をしたが、特に問いただしはせずに馬に乗る。

「それで、結局何日後だ」
「あ、そうですね……また二日程度いただければ……」

 明日も来てくれたらいいのに。そう思ったが、理由はなかった。ユリウスも「分かった、二日後だな」と頷いただけだった。

「ではまた来る」

 リサは、きれいに手入れされた尾が揺れながら遠ざかるのをじっと見つめた。

 ユリウス様も、用がなくても来てくれればいいのに。