しかし、クラリッサは微笑み返した。

「ただ、幸いにも、私は“聖女”の能力をいち早く知ることができたのです。……母の幼馴染が聖告を受け、早いうちに亡くなったそうです。私が“聖女”の力を授かったことが分かってすぐ、決して使わないようにと言いつけられました」
「……しかし、皇族に見つかった?」
「……私が愚かだったのです。愚かにも、私は自分の力の意味を知りませんでした」
「……惜しみなく使ううちに見つかったから、自身に責任があると?」

 それはクラリッサを“聖女”として引っ張って連れて行っていい理由にはならない。そう言いたげな眼差しを向けられ、「私も昔話をしましょう」と微笑み返す。

 クラリッサは、“聖告”を受けた次の日、母親に夢の話を教えた。すると、母親は顔を真っ青にして、決して“力”を使わないようにといつになく厳しい口調で教えた。クラリッサにはその意味も、力の意味も分からなかった。ただ、ある日ふと、怪我をしてしまった子を撫で、自分に治癒の力が備わったことを知った。

「子どもって愚かでしょう。私は力の意味なんて考えることもせず、自分には“特別な”力があると喜びました。母の言いつけを守ろうとせず、隠れてこっそり力を使い、喜ぶ子を見て喜び、夢の中で告げられる年数の意味を考えようともしませんでした。……言い訳がましいかもしれませんが、もともと人力による治療の限界を知っていたせいもあったかもしれません」
「……まさか本当に医者の家系か?」
「いいえ、違います。私のファミリーネームはグラシリア――私は、クラリッサ・ティア・グラリシアというのです」

 ユリウスは、クラリッサが“聖女”だと知ったときよりも驚いた。グラリシア家といえば、皇族お抱えの宮廷薬剤師を務める一族。世襲ではないのにそう勘違いする者もいるほどグラリシア家の者ばかり選ばれるのは、ひとえにその一族が他のどの者よりも薬学に貪欲で精通しているからだと言われていた(・・)

 過去形なのは、ほんの2年前にグラリシア家は帝国を追放されたからだ。公には、その秘伝の薬剤の供給を渋って薬草庫に火をつけ、温室を燃やしたという背信行為によるものとされている。

 だが、そうであるはずがない。目の前のクラリッサ、なによりエーヴァルトとのやりとりを思い返し、ユリウスはその噂の裏に思い至った。

「……聖女の力を使わなかった君への、みせしめか」
「……ええ」

 力を使っていたクラリッサは、ある日それを母に見つかった。母は涙を流しながらクラリッサを叱った。そこで初めて、クラリッサは“聖女”の力と呼ばれている治癒能力の代償を知った。

 もっと早く教えてくれればよかったのに。そうしたら使わずにいたのに。最初、クラリッサはそう思った。

 でもすぐに思い直した。きっと、自分は使ってしまっていた。寿命を削るなんて言われても、きっと子ども心には実感が湧かず、なんとなく使ってしまっていただろう。逆にその恐ろしさを実感できたとしても、今度は身に迫る死の恐怖に耐えられず、怯えて生きることになったかもしれない。

 実際、母から代償を知らされた後のクラリッサは、自分の力の強大さに怯えた。人力による限界を超えて他者を治癒する力は、その代償として、骨を削るように寿命をすり減らしていく。なぜ自分がそんな力を得てしまったのか、どうして自分でなければならなかったのか。

 そしてなにより、今まで使った寿命の年数は? はたと気が付き、計算しようにも、今まで告げられたすべての数字を思い出すことなんてできなかった。

 自分はあとどれだけ生きられるのか? そもそも自分の肉体寿命は何年だったか? 一年や二年ではなかったと思うが、自分は一番最初、夢で何年と告げられただろう? 母に話したから、母は覚えてるかもしれない。でも、もしそれが十年だったら? 今までの治療で寿命を一、二年削ったとしたら、あと八年しか生きることができないのか? そんなに大きな怪我を治療したことはないから、それほど大きく寿命を削っていないはずだが、その認識は本当に正しいのか?

 考えれば考えるほど怖くなり、クラリッサは力を使うのをやめた。