「上手くやれるか分かんないけどさー、あんまりここいるの良くなくない? な、三国!」

 そういえば天井が低くて狭苦しい気がする……と周囲を見回していて気が付いた。そうだ、窓がない。ホテルなのに窓がないなんて有り得ない。窓はあっても小さくて閉塞感(へいそくかん)があるなんてことは安いホテルならいくらでもあるかもしれないけど、この部屋にはそもそも窓がない。

「なるほど、なるほど……」

 もしかしたら設計ミスで少し安いホテルなのかもしれない。……いや、いくらミスをしたって言っても窓がないなんて有り得ない、窓がないとしたらそれはミスではなくて意図的なはず……。もしかしてバブル期に建てられたホテル? 低予算の都合で何かを削る必要があって、でもよくあるように柱を削ると耐震上問題があるから窓を削った……。素人の勘だけれど、窓をつけるよりつけないほうが簡単に決まっているし、窓がないからといって建築上問題はない気がする。

 合点がいった、設計ミスなんて大っぴらに口に出せることじゃないし、設計ミスで安いことに対する隠語としてラブホが使われているのかもしれない。……それにしたってなぜラブなのだという疑問はあるけど、愛は無償だからlove=zero、通常の設計上必要なものがない、つまりゼロからラブ……! ホテルGround-0の0=loveでもいいけど、ここの通称ではなさそうだし。ただみんながみんな知るほど常識的なことだというのは納得がいかないけれど……。

「……なるほどってなに」
「え、あ、ごめん」

 桜井くんは眉間に皺をよせ、口端を斜めに下げ、難しい顔をしていた。もしかして何か話しかけられていたのかもしれない。

「結局ラブホってなんなんだろうって思ってたんだけど」
「ど?」
「欠陥ホテルのことを“必要なものが欠けてるゼロの状態”と掛けてラブと呼んでるんじゃないかと」

 私なりに答えを見つけて明るい声を出したつもりだったのだけれど、雲雀くんは「は?」とヤンキー顔負け――違ったヤンキーだった――の不審通り越して怖い顔と声をしたし、桜井くんは首を45度に傾けた。

「……なんでゼロがラブ。あ、テニスがそっか」
「……そこじゃねーし、一周回って三国はお前レベルのバカなんじゃないかと思えてきた」
「俺レベルってなんだよ!」
「三国、こっち来い」

 髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜ、手招きする雲雀くんは明らかに苛立っていた。怒られるのかもしれない……とおそるおそる近寄ると「ほらここ立ちな」と位置を指示された。ベッドを背に雲雀くんと向かい合う。

「……あの……?」

 そのままドンッと肩を突き飛ばされ「ぎゃっ」なんて変な声と一緒にベッドに仰向けに沈み込んだ。そんな突き飛ばされるほど酷い回答をしてしまったはずはないのに……と半分体を起こしたとこで、雲雀くんの手に両肩を押さえつけられ、有り得ない力でベッドに戻された。

 視界で、天井との間に雲雀くんがいる。押さえつけられた肩はびくともしない。肩で力の差を知ってしまったせいか、体は硬直して抵抗する力の入れ方すら忘れたようだった。辛うじて機能しているのは視覚だけで、その視覚が得る情報は、オレンジ色の照明を背にした雲雀くんだけだ。銀髪が淡くオレンジ色に光る代わりに逆光で顔は暗く、そのせいかどこか怖く見えた。

 その片手が離れた瞬間、全く似てなんかいないのに、雲雀くんの姿と新庄の姿がだぶった。ドッと心臓が跳ね上がる。

『続きはまた今度ねえ』