いつにない剣幕の桜井くんには黙って首を縦に振るしかなかった。雲雀くんは頬杖をついた手の中で溜息を吐いているし、蛍さんだって足を揺らしているからイライラしてるし、楽しそうに笑みを浮かべているのは能勢さんだけだ。

「三国ちゃん、代表挨拶なんてしてるのに普通科だからどんなすれ|方(・・・)してるのかなって思ってたんだけど、全然すれてないね? 大丈夫? (ブルー・)(フロック)にいるせいで色んな|初めて(・・・)がなくなるとか」

 ゴッ……と能勢さんの肩が蛍さんに蹴られた。さっきから思っていたけれど、足癖が悪いのは桜井くんではなく蛍さんだ。

「なんの初めての話だ?」
「やだなあ、色んなって言ったじゃないですか。例えばバイクの二人乗りとか?」
「嘘くせーな」

 桜井くんと雲雀くんはそさくさと立ち上がり「ほら三国帰るよー」とまるで子供をあやすように私の腕を引く。なんで自分が2人にこんな扱いをされているのか分からないし、なんで蛍さんが眉間の皺を深くしているのかも分からなかったし、そんな中で能勢さんだけがいつも通りに微笑んでいることにも一層不可解さが(つの)った。

「……あ、えっと……じゃあ、頑張って決行しますので……」
「……分かった頑張れ。おいお前ら2人、三国がなんも知らねーからって手出したらぶち殺すからな」
「こっわ。蛍さん、三国の兄貴かなんかすか」桜井くんはまるでお遊戯(ゆうぎ)でもするように私の両腕を引っ張りながら「だいじょーぶです、安心と信頼の桜井と雲雀なんで」
「会ったら念仏唱えろって言われる西の死二神が何言ってやがる」
「じゃーね。三国ちゃん、手出されたら正直に言いなよ」

 全く状況が理解できずに目を白黒させていたのだけれど、次の日、(くだん)のホテルGround-0に連れて行かれても、私には何が問題だったのかさっぱり分からなかった。

「中津の動画見せて」
「ん。場所的にここじゃね?」
「こんなところに置いてたら気付くだろ? いや気付かないもんかな……」
「ビデオあるって分かってたら気付くけど、知らないと気づかないもんなんじゃね」

 連れて行かれたのはただのホテルだった。ただの、というわりにはフロントに人がいないことが気になったし、宿泊でもないのに入れるのも妙だったけれど、内装に普通と違う点はない。というか、ホテルなんて小学生のときに家族旅行で行ったくらいだからホテルの一般化なんてできていないし、ホテルGround-0の特異性()が一体何なのかはやはり分からなかった。

 なにかが他のホテルの違うのだろうと決めつけて、2人が中津くんの動画片手にあれやこれや話すのを横に部屋のあちこちに目を配る。一見して普通のホテルと違うところがある気がしたけれど、その違和感の正体は分からない。

「なんか置けば分からないんじゃね? ほらこれでこうやって隠せば……」
「逆に不自然だろ。カバンを横向きに置くとか」
「あー、なるほどね。そうかも」

 そっとバスルームを覗くと、円形の巨大なバスタブがある。バストイレも別なので、もしかして少し豪華なホテルだろうか……? ベッドも巨大で、私達3人なら川の字になって寝ることもできそうだ。ただ美人局なんてもののためにわざわざ豪華なホテルを選ぶ理由が分からない。豪華なホテルのほうが警戒心が弱まるとか……それはいわゆる行き()りの関係で使える手段ではない気がするけど……。

「……もう角度分かったからよくね?」
「……まあいんじゃね。やるのお前だし、お前がいいなら」