そして教室のど真ん中に蛍さんは腰かける。どうやらそこが席らしい。周りの席は空いていたので私達も各々椅子を引いて座り込んだ。

「ちょうどいいから芳喜も呼ぶか、2年のことはアイツに任せてたし」
「おーつかれさまでーす」

 蛍さんが携帯電話を取り出した瞬間、タイムリーに、能勢さんが教室に顔を覗かせた。教室内に残っていた3年生女子が「能勢くんじゃーん」「もっと遊びにおいでよー」と黄色い声で誘うけれど、能勢さんは「3年の教室なんて遠慮しちゃいますよ」と笑顔で軽く流し、蛍さんに向かい合うようにして隣に座った。

「なに、桜井くん達も颯人の件?」
「あー、まあそうです。俺がおとりやりますっていう」
「桜井くんが? まあ雲雀くんより警戒されないか」

 能勢さんは蛍さんと同じようなことを言いながら「で、俺は2年の様子を調べてきたんだけど」と携帯電話のメモ帳を見せてくれた。

 そのメモ帳の内容と能勢さんの話と蛍さんの話によれば、問題の美人局に遭う曜日はまばらだけれど、比較的水曜日に集中していた。声を掛けられる時間帯は午後8時を過ぎてから、当然のことながら決まって1人でいるときを狙われるし、使うホテルも同じ……。

「で、三国ちゃん達でこういう案を出したわけか。いいんじゃない」

 能勢さんは土曜日に作ったメモの写メを雲雀くんの携帯電話で確認して頷いた。

「あとは桜井くんが上手くやれるかだなあ」
「いやーもう本当に。顔に出ると思うんだよね俺。やっぱ侑生にやらせね?」
「まあお前ら新入り3人それぞれ役割分担でちょうどいいだろ」

 3人それぞれ? 新入り3人の私たちは揃って首を傾げた。桜井くんはおとり、私は交渉役だとして、雲雀くんは何の役割があるのだろう。

「雲雀は三国がポシャ話しに行くときについて行かせる」
「……別にいいですけど、俺じゃなくてもよくないですか」
「言っただろ、相手が女じゃないと怖くてってごねてる話。お前しか行けない」

 いや雲雀くんでも行けないことに変わりはないのでは──と口を開く前に分かった。なんなら雲雀くんも理解したらしく、そのこめかみに青筋が浮かんだのを見てしまった。

「……女装しろと?」
「正解」
「殴っていいですか」
「いいじゃん、女装似合うのなんて16歳くらいが限界かもよ。骨格とかやっぱり違うし」
「いやその限界挑戦する気ないんで。人の顔で遊ぼうとすんのやめてください」

 雲雀くんは全く取り合う気などなさそうに手をしっしと振ったけれど「でもお前が行かねーと三国が単騎で白雪に乗り込むことになるぞ」卑怯な指摘でじろりと蛍さんを睨んだ。

「……交渉場の外にいればいいんじゃないですか」
「交渉中に三国がどうなるか分かんねーだろ。電話は繋いどくけどな」
「だったら余計に……」
「中から鍵でもかけられたら厄介だろ」

 雲雀くんは舌打ちしたけれど、それが返事だ。蛍さんは口角を吊り上げて満足気に笑む。

「決まりだな」
「で、桜井くんは変な動画撮られないように気をつけなよ。アングルとかちゃんと把握してる?」
「あー、まあ中津のは見せてもらいましたけど……」

 能勢さんの指摘で桜井くんは少し眉間に皺を寄せる。

「知ってる部屋ってわけでもないし、ビデオの場所とか確認するのはちょっとキツイかなって」
「まあ、だろうね。連中も上手く撮るための場所は気にしてるだろうし、そのために毎回同じとこなんだろうし、どこから撮ってるかわかれば楽なんだけど……」
「……行けばいいんじゃないですか?」