そうやって、まるで小さい子のように雲雀くんのシャツの裾を離せずにおどおどと歩く私の隣で、桜井くんと雲雀くんは1年生の廊下を歩くのと変わらない態度で歩く。3年生の視線が向き「桜井と雲雀じゃね」「何しに来てんだ?」「じゃあ三国ってあれ?」「みーくにちゃん、こっち向いてー」と聞かせるためのようなセリフと笑い声が聞こえてくる。でも桜井くんも雲雀くんも無視するので私も無視した。

「誰だよ可愛いって言ったヤツ」

 ガァンッ──とまるで落雷のような衝撃音が響き渡った。

「あ、ごめんね先輩」

 桜井くんは、3年生の顔の真横にあるロッカーの鉄扉を足蹴にした──というか鉄扉にあらんかぎりの物理力を叩きつけた──態勢のまま顔だけはにこやかに謝罪する。

「俺、足癖悪いから」
「……なんだと?」
「もっかい言ったほうがいい? その汚い面を俺の足で男前にしてやろうかって言ってんだよ」

 かと思いきやあまりにも滑らかに暴言を吐き、頭突きでもしそうな勢いで3年生の胸倉を掴みそして掴まれる。まるで無法地帯の挨拶に私は雲雀くんの後ろに隠れるしかない。

「おい桜井」

 その喧嘩闘争待ったなしの状況は、鶴の一声で中止された。6組から顔を出した蛍さんが呆れた様子で歩み寄ってきて、それを見た瞬間に3年生が慌てて手を離す。ただ桜井くんは蛍さんが隣に立っても手を離さないままだ。

「おいコラ。わざわざ3年のとこに来て喧嘩売るな」
「いや喧嘩売ってきたのコイツっすよ」

 あまりにもナチュラルに3年生をコイツ呼ばわりした。

「嘘つけぇ、お前だろ、これ蹴っ飛ばしたの」蛍さんは桜井くんが(へこ)ませたロッカーを指さして「音聞こえてきたぞ、6組まで」
「でもー」
「でもじゃねえ」
「だってー」
「だってじゃねえ」

 多分自分の顔が可愛い系だと自覚したうえで桜井くんはちょっと頬を膨らませる。

「コイツが三国見て可愛くないみたいなこと言ったからー」

 その3年生の顔にメリッ……と蛍さんの足がめり込んだ。あまりにも華麗で打点の高い回し蹴りに私は雲雀くんの背後で茫然とするしかなかったし、桜井くんも、その蹴りの力で3年生の胸倉が突如自分の手を離れたことに固まっていた。

 悲鳴を上げる間もなくその3年生がゴトリと倒れるのを、蛍さんは冷ややかな顔で見下ろす。

「俺、顔面偏差値至上主義者嫌いなんだよな」

 たったそれだけの理由で……? まだ私のことがお気に入りなんだとかなんだとか言われるほうが納得した。

「……蛍さん嫌いな人多くないですか」
「雲雀くん……そこじゃないよ……」

 あまりにも理不尽、そうでなくとも発言とこれに対する報復との釣り合いが全く取れていないここは、やはり無法地帯──いや、法があるとすればそれは蛍さんだ。

「で、お前ら何しに来たの」
「……土曜日に話してたヤツ、結局三国じゃなくて俺がやったほうがいいんじゃないかと思って、そういう話に」
「んあ? 別にいいけど、据え膳食うなよ。それ腹壊すヤツだから」

 とりあえず教室入りな、と蛍さんは踵を返す。もう誰も私達を見ようとしないし、当然のことながら聞こえるように話しもしない。

 6組の教室内は蛍さんが法だという共通認識があるのか、やはり誰も私達に野次を飛ばすことはなかった。ただ群青のメンバーの人達は私達に「おー、三国ちゃんじゃん」「なに、遊びに来たの」「ちげーよ、颯人のバカの尻拭いだ」「ああ、あれね」「桜井雲雀、お前らあんまり暴れんなよお」と友好的な話をしてからいなくなった。