週明けの放課後、おとり捜査の段取りを確認すべく、私達は蛍さんのいる3年6組に行く羽目になった。
「……3年の普通科の教室?」
それを横で聞いていた陽菜が突然反応した。雲雀くんに話しかけられて以来、陽菜は雲雀くん達を遠回しに見ることはなくなり、ごく自然に会話に入ってくるようになっていた。今日もそれだ。
「……マジで英凜、気をつけな。普通科の3年とか獣だから」
「私は羊ってこと?」
「そうだよ。お前なんかパクッと食われるぞ!」
「大丈夫だよ、俺が守ってやるから」
あまりにもサラリと漫画みたいな発言をした桜井くんに、私達は一斉に視線を向けた。でも桜井くんはどや顔をしているどころか、いつもより一層間抜けな様子でポッキーを食べている。
「……なに?」
「桜井……カッコいいこと言ってるんだからそれ食べるのやめろよ」
「え、なんで」
「ってわけだから気をつけな、英凜。で、今度特別科の2年の教室に行くときは教えて」
「……能勢さんがいるから?」
「モチロン」
部活に行く陽菜に見送られ、私達は階段を2つ降りる。普通科棟も特別科棟も、1階から順に3年、2年、1年となっている。1・2年生は下駄箱が2階にあるので、1階に足を踏み入れることはなく、私達にとっては未知の階だった。
その3年の階は、最早|魔窟。とりあえず1階廊下に降りた時点でいつもと見ている光景が違った。まず廊下にはタイヤ痕がある。次に窓ガラスも割れている。正確には窓ガラスが割れているらしく、本来窓ガラスがあるところに段ボールが貼られていた。
そして当然、3年生がたむろしている。歩けば棒に当たるがごとく、3年生の視線にぶつからずにこの廊下を進む術はない。ただ、蛍さんが6組にいるからなのか、それとも校舎内だからなのか、煙草を吸っている人はひとりもいない。
建物の内側なのか外側なのか分からない廊下、そこにはガラの悪い上級生が座り込み、湿った空気は淀んだ空気となって段ボールの隙間から吹き込む、そんなところで私は立ち尽くす。この先には魔王しか住んでいないのではないか。
「蛍さん、まだ帰ってないといいなー」
「ま、待って、ここ進むの?」
「進むのって、ダンジョンじゃねーんだから。ただの廊下だろ」
桜井くんも雲雀くんもけろりとしているけれど、こんな場所、私一人で歩いていたら殺されそうだ。「ちょ、ちょっと、ちょっと……」と手近な雲雀くんのシャツの裾を掴んだ。雲雀くんは冷たく胡乱な目を向ける。
「……なんで」
「いや、あの、はぐれると……怖いので……」
「だからダンジョンじゃねーんだから」
大体、なんで蛍さんは6組なんだ。5組なら1つ手前の教室で済むのに……。
蛍さんに会いに行くだけだし、なんならもう蛍さんと同じ群青のメンバーだし、怖いことなんて何もないはずなのに新庄の仲間に拉致されたときより緊張している。もしかして新庄の仲間が現れたときにはいわゆる正常性バイアスが働いていたのかもしれない(被害者本人だったのに)。下手に現実離れした危険を突き付けられても思考が停止して上手く処理できず、こうして変に現実味のある危険が目の前にあるほうが緊張してしまう、なんて考えられない話ではなかった。
「……3年の普通科の教室?」
それを横で聞いていた陽菜が突然反応した。雲雀くんに話しかけられて以来、陽菜は雲雀くん達を遠回しに見ることはなくなり、ごく自然に会話に入ってくるようになっていた。今日もそれだ。
「……マジで英凜、気をつけな。普通科の3年とか獣だから」
「私は羊ってこと?」
「そうだよ。お前なんかパクッと食われるぞ!」
「大丈夫だよ、俺が守ってやるから」
あまりにもサラリと漫画みたいな発言をした桜井くんに、私達は一斉に視線を向けた。でも桜井くんはどや顔をしているどころか、いつもより一層間抜けな様子でポッキーを食べている。
「……なに?」
「桜井……カッコいいこと言ってるんだからそれ食べるのやめろよ」
「え、なんで」
「ってわけだから気をつけな、英凜。で、今度特別科の2年の教室に行くときは教えて」
「……能勢さんがいるから?」
「モチロン」
部活に行く陽菜に見送られ、私達は階段を2つ降りる。普通科棟も特別科棟も、1階から順に3年、2年、1年となっている。1・2年生は下駄箱が2階にあるので、1階に足を踏み入れることはなく、私達にとっては未知の階だった。
その3年の階は、最早|魔窟。とりあえず1階廊下に降りた時点でいつもと見ている光景が違った。まず廊下にはタイヤ痕がある。次に窓ガラスも割れている。正確には窓ガラスが割れているらしく、本来窓ガラスがあるところに段ボールが貼られていた。
そして当然、3年生がたむろしている。歩けば棒に当たるがごとく、3年生の視線にぶつからずにこの廊下を進む術はない。ただ、蛍さんが6組にいるからなのか、それとも校舎内だからなのか、煙草を吸っている人はひとりもいない。
建物の内側なのか外側なのか分からない廊下、そこにはガラの悪い上級生が座り込み、湿った空気は淀んだ空気となって段ボールの隙間から吹き込む、そんなところで私は立ち尽くす。この先には魔王しか住んでいないのではないか。
「蛍さん、まだ帰ってないといいなー」
「ま、待って、ここ進むの?」
「進むのって、ダンジョンじゃねーんだから。ただの廊下だろ」
桜井くんも雲雀くんもけろりとしているけれど、こんな場所、私一人で歩いていたら殺されそうだ。「ちょ、ちょっと、ちょっと……」と手近な雲雀くんのシャツの裾を掴んだ。雲雀くんは冷たく胡乱な目を向ける。
「……なんで」
「いや、あの、はぐれると……怖いので……」
「だからダンジョンじゃねーんだから」
大体、なんで蛍さんは6組なんだ。5組なら1つ手前の教室で済むのに……。
蛍さんに会いに行くだけだし、なんならもう蛍さんと同じ群青のメンバーだし、怖いことなんて何もないはずなのに新庄の仲間に拉致されたときより緊張している。もしかして新庄の仲間が現れたときにはいわゆる正常性バイアスが働いていたのかもしれない(被害者本人だったのに)。下手に現実離れした危険を突き付けられても思考が停止して上手く処理できず、こうして変に現実味のある危険が目の前にあるほうが緊張してしまう、なんて考えられない話ではなかった。



