「この間、うちにいるって話してたことあったでしょ。あの時にピアノでアメイジング・グレイス弾いたら後ろで歌ってた」
「……ピアノ弾いてもらったってのは聞いてたけど、歌ったとは聞いてなかったな」
立膝に肘をついた雲雀くんは、手のひらの中で静かな溜息をついた。
「……俺も聞きたい」
「桜井くんの歌?」
「…………三国のピアノだよ」
雲雀くんの声が重苦しく、そして硬くなった。
「……別にいいけど、そんな上手くないよ」
「…………」
雲雀くんの眉間には深い皺が刻まれた。口元が隠れたままなのでその表情を読み取るにはパーツが足りない。ただ私が返事を間違えたことはなんとなくわかった。
「……えっと」
「三国ィー、とりあえず中学のシャツ着る?」
ドタドタと音を立てて戻ってきた桜井くんは「……なにこの空気」と不可解そうな顔をしたので、やっぱり私は返事を間違えたらしい。
「……なんでもねーよ。で、シャツは」
「あー、うん。こっち今ので、こっち中学の時の。さすがに三国と俺身長違うくね? って思って」
桜井くんは片手にシャツとズボンを、片手にシャツを持っていて、それぞれ掲げて見せる。
「三国、ちょっと背比べしよ」
「いいけど……」
「だったら柱使えばいんじゃね」
私と桜井くんが背中を合わせる前に、雲雀くんが我が物顔で台所側の襖を開けた。階段横の柱にはメジャーが貼り付けてある。
じろじろと見ると、120センチくらいのところに「こうや」と下手くそな字がマジックで書かれていて、その周辺に僅かな隙間を空けていくつか傷が刻まれている。視線を上げていくと、150センチくらいまでその傷はなくて、150センチを過ぎたあたりからまばらに傷がついていた。その傷のひとつの横には「じいちゃん」「ゆうき」もある。
「あー、そういやこんなのあったな」
「……こんなにたくさん測ってた跡があるのに」
「ま、小さい頃は朝から晩まで測ってたからな。侑生、よくこんなん覚えてたな」
「普通ねーだろ、こんなの」
「そりゃお前ン家のクソ綺麗な柱にこんな傷つけらんねーよ」
んじゃはい、と桜井くんはティッシュ箱を雲雀くんに押し付け、柱に背を当てた。正面から見ていると間抜けなくらい姿勢がよくて笑ってしまう。
「163センチ……見た目通りチビだなあ、お前」
「え、でも伸びた! 4月から3センチ伸びた! これすごくね?」
「元がチビだからな。ほれ」
「……侑生、169!」
「桜井くん、ティッシュ箱斜め」
「……170.5」
「で、三国は」
そうだ私が桜井くんの服を着るためにこのイベントが発生してるんだった……と慌てて雲雀くんと入れ替わる。ポスッと桜井くんの手によってティッシュ箱が私の頭上に載せられた。
いつもよりほんの少し、桜井くんとの距離が近かった。
「三国、158センチかぁ。中学の時のシャツでよさそうだな」
「……そうだね」
「……つか……」
雲雀くんが何かを言いかけて口を噤んだ。続きを促そうと目を合わせると、その視線は泳ぐ。
「……いや。とりあえず着替えてみればいんじゃね」
「んじゃ三国はい。居間の隣、仏間だから」
「あ、うん、ありがと……」
渡された制服のズボンにはベルトが通ったままなせいで、ガチャガチャと金属音がした。
……同級生男子の制服を着るのか。目の前に制服を出されてやっとその事実を現実のものとして認識し、なんだか緊張してきた。
「あ、覗かないから安心して」
「……それは雲雀くんが見張ってくれると思ってる」
「……ピアノ弾いてもらったってのは聞いてたけど、歌ったとは聞いてなかったな」
立膝に肘をついた雲雀くんは、手のひらの中で静かな溜息をついた。
「……俺も聞きたい」
「桜井くんの歌?」
「…………三国のピアノだよ」
雲雀くんの声が重苦しく、そして硬くなった。
「……別にいいけど、そんな上手くないよ」
「…………」
雲雀くんの眉間には深い皺が刻まれた。口元が隠れたままなのでその表情を読み取るにはパーツが足りない。ただ私が返事を間違えたことはなんとなくわかった。
「……えっと」
「三国ィー、とりあえず中学のシャツ着る?」
ドタドタと音を立てて戻ってきた桜井くんは「……なにこの空気」と不可解そうな顔をしたので、やっぱり私は返事を間違えたらしい。
「……なんでもねーよ。で、シャツは」
「あー、うん。こっち今ので、こっち中学の時の。さすがに三国と俺身長違うくね? って思って」
桜井くんは片手にシャツとズボンを、片手にシャツを持っていて、それぞれ掲げて見せる。
「三国、ちょっと背比べしよ」
「いいけど……」
「だったら柱使えばいんじゃね」
私と桜井くんが背中を合わせる前に、雲雀くんが我が物顔で台所側の襖を開けた。階段横の柱にはメジャーが貼り付けてある。
じろじろと見ると、120センチくらいのところに「こうや」と下手くそな字がマジックで書かれていて、その周辺に僅かな隙間を空けていくつか傷が刻まれている。視線を上げていくと、150センチくらいまでその傷はなくて、150センチを過ぎたあたりからまばらに傷がついていた。その傷のひとつの横には「じいちゃん」「ゆうき」もある。
「あー、そういやこんなのあったな」
「……こんなにたくさん測ってた跡があるのに」
「ま、小さい頃は朝から晩まで測ってたからな。侑生、よくこんなん覚えてたな」
「普通ねーだろ、こんなの」
「そりゃお前ン家のクソ綺麗な柱にこんな傷つけらんねーよ」
んじゃはい、と桜井くんはティッシュ箱を雲雀くんに押し付け、柱に背を当てた。正面から見ていると間抜けなくらい姿勢がよくて笑ってしまう。
「163センチ……見た目通りチビだなあ、お前」
「え、でも伸びた! 4月から3センチ伸びた! これすごくね?」
「元がチビだからな。ほれ」
「……侑生、169!」
「桜井くん、ティッシュ箱斜め」
「……170.5」
「で、三国は」
そうだ私が桜井くんの服を着るためにこのイベントが発生してるんだった……と慌てて雲雀くんと入れ替わる。ポスッと桜井くんの手によってティッシュ箱が私の頭上に載せられた。
いつもよりほんの少し、桜井くんとの距離が近かった。
「三国、158センチかぁ。中学の時のシャツでよさそうだな」
「……そうだね」
「……つか……」
雲雀くんが何かを言いかけて口を噤んだ。続きを促そうと目を合わせると、その視線は泳ぐ。
「……いや。とりあえず着替えてみればいんじゃね」
「んじゃ三国はい。居間の隣、仏間だから」
「あ、うん、ありがと……」
渡された制服のズボンにはベルトが通ったままなせいで、ガチャガチャと金属音がした。
……同級生男子の制服を着るのか。目の前に制服を出されてやっとその事実を現実のものとして認識し、なんだか緊張してきた。
「あ、覗かないから安心して」
「……それは雲雀くんが見張ってくれると思ってる」



