「……それにしたって、厳しいね……?」
「なんだっけな……そうそう、学歴が人生の汚点にならないようにしっかり勉強しろ、が口癖。怖いよなー、俺だったら家出しちゃう」

 教育パパママなんて表現はいくらでも耳にするからそれ自体は気にならなかったけれど、そこまで具体的なエピソードを聞くと狂気を感じる。

「……よくそれで歪まないで生きてるね。普通に可愛いし普通にいい子じゃん、牧落さん」
「まー、あんな感じでうるさいけどな。世話焼きだし」
「弟もいるの? 牧落さん」
「ん? いや、兄貴だけ。なんで?」
「世話焼きっていうと大体下の兄弟いるイメージだから」

 なんなら牧落さんの言動に世話焼きと言えそうなものはなかったので、お兄さんしかいないと聞いて納得した。確かに、あの言動は妹のものだ。

「牧落の兄貴って今年から大学だっけ」
「ああ、うん。なんかどっか東京の私立行った。ほらあの甲子園強いところ」
「ああ、早稲」
「そんなんだしさあ、アイツ、俺に絡むのやめたほうがいいと思うんだよね。俺、頭悪いし、胡桃の親からもつるむ価値なしみたいに言われてるし。でもって群青にいるし、なんか一緒にいたらアイツ巻き込まれそうじゃん」
「現に三国がそうだしな」

 ……そういえば、なぜ、拉致されたのは私だったのだろう。桜井くんと仲が良いのなら牧落さんでもいいはずだ。なんなら牧落さんのほうが美少女だし、新庄としても拉致する価値が高いはず……。

 牧落さんが桜井くんの幼馴染だと知らなかった? いやでも、私が拉致される以前に牧落さんは5組に遊びに来て、桜井くんの幼馴染だと宣言していた。ただこれはあの昼休みこの場にいた人しか知らない話だ、やっぱり新庄は牧落さんが桜井くんの幼馴染だとは知らなかった可能性がある……。そうでなければ……、牧落さんではなくて私である必要があった?

「三国、どうかしたか」
「え? あ……いや……」

 ……考えすぎだろうか。きっと考えすぎだ。

 そもそも、新庄と蛍さんが手を組んでる可能性だって、あるといえばあるけどないといえばない。どちらかに転がる決定的な理由は何もない。

 拉致されたのが牧落さんでなく私だったことも同じ。蛍さんは、私と桜井くん達が仲がいいことは有名だなんて話していたし、それは蛍さんしか言っていないことだから信用できないとしても、海で黒鴉とかいうチームにも見られていたし。

 どちらの可能性もあるから、無駄に疑うべきではない。でも同時に、無暗に信用すべきでもない。

「……なんか、蛍さんって謎だなって」
「そーか?」
「謎なのは三国を気に入ってることくらいだよな。でも蛍さんは南中で、三国は東中で……接点ないよな」
「……全く覚えがない」

 珍しい苗字だし、あの見た目だし、接点があれば覚えていないはずがない。蛍さんに会ったのは、正真正銘、桜井くんに勉強を教えてた日が初めてだ。

 私に限って忘れてることもないだろうし……と首を捻っていると、不意に肩を力強く掴まれた。陽菜だ。

「……どうしたの」
「……どうしたのじゃねーだろ」

 キッと大きな釣り目が私を睨みつける。なんなら両肩を掴みなおされた。

「群青のメンバーって何? なんでそんなことになってんの? いつの間に何があったの!?」
「……桜井くんと雲雀くんとしょっちゅう一緒にいるからさっき来てた蛍さんに誘われて」
「群青の蛍さんだよね!? つか隣にいたのあの能勢さんでしょ!? ヤバ! 推し変わりそう! 能勢さんの色気やばいしやっぱ年上に勝るもんないわ!」