ぼくらは群青を探している

 まるで嵐のように、蛍さん達はこの教室で騒ぐだけ騒いでいなくなった。そっと辺りを見回すまでもなく「桜井と雲雀が群青に入ったって噂、マジだったんだ」「5組でラッキーじゃね」「逆だろ、あの2人に喧嘩売ったら群青に喧嘩売ったことになるんだぞ」と囁き声が聞こえる。

 でも桜井くんはそれを意に介す様子もなく、蛍さんのいなくなった椅子に座り「そんなにケータイいるかなあ」と首を捻るだけだ。

「いるだろ。お前はいらなくても周りはお前からの連絡が要るんだよ」
「ヤバい、モテ期かも」
「春なのはテメェの頭だけだ」
「ねー、結局なんでわたしは群青入っちゃだめなの?」
「俺に聞かれても……」

 桜井くんの視線は雲雀くんに動く。多分助けを求めているのだろうけど、雲雀くんは無視してそのまま私に視線を寄越した。

「つか逆じゃね。なんで三国、群青なんか入ってんだ。姫じゃあるまいし」
「姫?」
「蛍さんの彼女でもねーのにってこと。大体、チームのトップの彼女が姫だ」

 ……なるほど。いわゆるオタサーの姫と似たようなものだろうか。所属するコミュニティの男子が少ないからそのコミュニティにいる女子は姫と呼ばれる、そんな話は知っていた。

「でも姫って別に要らなくね?」
「姫はいらねーけど彼女いるヤツはいくらでもいるだろ」
「それもそっか」
「で、なんで三国さんはよくてわたしはダメなの?」

 ふくれっ面の牧落さんを雲雀くんは無視、桜井くんはどうにか返事はしようとしてるけどまともな返事ができない。でも仕方がない、蛍さん以外、誰一人理由なんて分かっていないのだから。

「……私が危ない目に遭ったから心配してのことだと思う、多分」

 せいぜい言えるのはその程度だし、牧落さんがそれで納得するとも思えなかった。

「……そういう?」
「……そういう」
「……なるほど?」

 ただ、意外にも牧落さんはそれ以上聞いてこなかった。「危ない目」と聞けば深く聞いてはいけないと察したのか、なんならそのまま考え込むように黙った。

「……そういうことなら仕方ないか……」
「うんうん、仕方ない仕方ない」桜井くんはそれに便乗して「群青は蛍さんのチームだから蛍さんに決定権限があるし。蛍さんが決めたことに従わないと」
「じゃあ昴夜がいつかトップになったらわたしも入れてね?」

 固まった桜井くんを雲雀くんが呆れた顔で見つめる。余計なことを口走るからだ、と。

 牧落さんはずいっと桜井くんに詰め寄る。でも美少女なので可愛らしい小動物にしか見えない。

「ね!」
「……その時に俺に彼女いなかったらな」
「どうせできないよ、昴夜チビだし」
「胡桃よりデカいだろ!」
「男の身長は170センチから! じゃ、約束だからね、こーや!」

 あっかんべーをして牧落さんは去っていった。昼休みがもうすぐ終わるからだ。

「……桜井くん、あんなに言われるんだから牧落さん入れてくれるように蛍さんに頼んであげたら」
「いやそんなことしたら胡桃の両親に殺されるよ俺が!」

 早口で、かつ素早く手を横に振りながら桜井くんは拒否した。

「アイツの家、マジで厳しいから! 教育パパママで、学校の成績悪いとリアルに飯抜かれたり殴られたりするから! 群青なんか入ったら勘当されるって!」

 DV……? 聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。その困惑が顔に出てしまったのか、雲雀くんは「牧落が殴られたのは聞いたことねーだろ。牧落の兄貴がビンタさらたくらいじゃね」とあくまで躾の範囲かのようなフォローをする。