侑生(ゆうき)、おはよー」

 その空白が埋まったかと思えば――今度は金髪だ。金髪がやってきた衝撃に耐えられず、パイプ椅子はガタガタッと揺れる。二人は友達に見えたけれど、銀髪は金髪を見るなりしかめっ面をした。「侑生」と呼ばれた銀髪はその金髪を振り返って「昴夜(こうや)、お前なあ……」と呆れた声を出した。

「お前、十二時半に校門つったろ。何してたんだ」
「え、来なかったのはお前じゃん、忘れてんじゃねーよ」
「何言ってんだバーカ。お前いなかったじゃねーかよ」
「いたじゃん! 侑生が来なかったせいで上級生に絡まれて大変だったんだぞ! 見てこの汚れ! 新品なのに!」
「……お前、裏門にいたんじゃねーの」
「裏門?」
「……裏門で騒ぎがあったって話してる連中がいた。お前じゃねーの」
「……待ち合わせしてたの、グラウンド側だよな?」
「バカ、校舎の前が正門に決まってんだろ」

 二人の話には決着がつき、金髪は椅子の上で胡坐(あぐら)をかきながら「なんだよー、待ち合わせ場所じゃないって分かってたら相手にしなかったよ。お前が来ると思ったから場所取りしてたのにさ」と、少し冗談めかしたような口調で言った。

 そんな二人の会話を盗み聞きしているうちに、五組の座席は着々と埋まりつつあった。でも私の席は端と決まっているので(多分壇上にあがるときに列を抜けやすいからだと思う)、他のみんなと違って選べるわけではなく、急いで着席する必要はない。

 それになにより、私の席は、あの金髪の隣だし。なんならあの銀髪がいま座ってる席だし。

 最悪だった。到着した順に自由着席の入学式で、なぜよりによって金髪の男子の隣に座り、しかも座るためには銀髪の男子を押しのけなければならないのか。急いで着席する必要はないどころか最大限遅れて着席したい気持ちでいっぱいになった。とんだ苦行と試練だ。今すぐ回れ右してこの場から逃げ出してしまいたい。

 が、ただの入学式ならそれで済むのに、代表挨拶なんて華々しいふりをした苦々しい役割のせいでそうもいかない。

 意を決して、ゆっくりと金髪と銀髪に近づいた。

「……あのう」

 今生(こんじょう)の勇気を振り絞ったと思う。セットになってぎゃあぎゃあ喋っている金髪と銀髪に、横から口を挟んだのだ。後にも先にも、こんなにも勇気を振り絞ったことはなかったと、その時には思った。後から、そんなのへでもないほどの恐ろしいイベントにことあるごとに巻き込まれていくことになるなんて知らなかったから。

 金髪も銀髪も、揃って振り向いた。第一印象のとおり、銀髪のほうはまるで狼みたいに鋭い目つきと高い鼻だったし、金髪のほうは女子顔負けのぱっちりした目と通った鼻筋で、どことなく子供っぽいのにどことなく精悍(せいかん)な顔つきをしていた。

 二人とも、有象無象(うぞうむぞう)の他の男子とは違って、きれいな顔立ちだった。しかも、思春期の悩みってそれ都市伝説でしょとでも聞こえてきそうなほど、白くてつるつるの綺麗な肌。色素の薄い髪色も、そんな綺麗な顔と肌なら許せてしまう気がした。

 なんてことを冷静に考えていたのは、ただの現実逃避だ。内心はこの不良二人組に「俺らが喋ってんのに口挟んでんじゃねえよ!」と怒鳴られでもするのではないかと、よくて殴られて終わりなのではないかと、そんな妄想でいっぱいだった。首から背中までびっしゃりと冷や汗で濡れていた。新品の制服は早速クリーニングに出す必要があるかもしれない。

 先に口を開いたのは、銀髪のほうだった。その口が開かれた瞬間、ぎゅっと拳を握りしめる。

「席なら自由だぞ」

 ……怒られなかった。なんなら、まるで困っている私を助けるようなセリフに、少し面食らった。肩透かしを食らい、少し面食らった。おそるおそる、彼の座席の裏に貼られた紙を指す。

「……そこだけ、指定なので……」
「え、マジ?」

 銀髪の男子は身を乗り出してその張り紙を見た。そこには「代表者」とただのメモのような紙が貼られていた。当然、いろんな人に存在を無視されていたせいでしわくちゃだ。

「マジだ、気付かなかった。じゃ、ここアンタの席か?」

 銀髪は立ち上がり、すぐに私の席を空けて、なんなら金髪の男子を1つ隣に追いやった。

「なんの代表者?」
「……式の、挨拶」

 途端、銀髪のその人の目は、まんまるく、まさしく狼のごとく見開かれた。

「じゃ、一番で入ったのお前か」
「……たぶん」

 なぜ、不良がそんなことを気にするのだろう。現に、他の五組の人達は、声は聞こえているはずなのに何のリアクションもとらなかった。

 というか、この金髪と銀髪のコンビが現れて以来、まるで全員一斉に借りてきた猫のように大人しくなっている。もしかしたら、この二人は不良の中でもかなり悪い方向に有名なのかもしれない。

「えー、ださっ。侑生、試験終わった後は絶対自分が一番だって言ってたのに」
「うるせーな」

 ……インテリヤンキー? かなり悪い方向に有名なのかと思ったけど、もしかして頭脳派で有名なのだろうか。状況も立場も忘れて思わず首を傾げてしまった。

「でもコイツ、マジで頭いーんだぜ。多分コイツに勝ったの──」金髪少年は笑いながら「えっと、誰だっけ」……あまりにも唐突に自己紹介を求めてきた。

「……三国(みくに)です」
「ほーん。なるほど、三国な、三国」

 「座れば?」と椅子を指差され、おそるおそる座り込んだ。銀髪が、まるで獲物を品定めするようにじろじろと見てくるのに対し、金髪はまるで犬が飼い主でも見るかのような人懐っこそうな顔で私を覗き込んだ。