今にも雨が降りそうな、ぐずついた天気の週末だった。

「電話をしたくて」

 チャーッと自転車で横を駆け抜けたところだったから、男3人分の声のうち、辛うじて聞き取れた言葉はそれだけだった。

 あれ、なんかばあちゃんが男3人に囲まれてるなんて変な図だったぞ、と気が付いてチャリを止めた。振り返ると、同い年くらいの男3人が、自転車の脇に立つばあちゃんと話していた。

「なんで、ちょっと貸してもらえたらなと」
「そうかね、それは大変ね。ちょっと待ってね」

 ばあちゃんが自転車の籠に乗っている小さなカバンに手を伸ばす。それを見る3人組の横顔で何を企んでいるのかが分かって、くるりと自転車の方向を変えた。

「ええと、お財布は……」
「おい」

 ガションッとチャリを止める金具の音に、3人組が揃って振り向いて、ゲッと顔を引き()らせた。ばあちゃんは俺の存在に気付かないのか、カバンの中を探り続けている。

「何やってんの?」
「いや、あの、お金貸してもらおうと思って」

 その目が泳ぐ。

「その、修学旅行で来てるんですけど、家が広島で、それで、電話しようと思って」
「へー、修学旅行。どこの学校? つかどこのホテル?」
「えっと……名前なんだっけ……」

 3人が目配せする。冷や汗をかいているように見えた。

「つか、ホテルで電話借りれるじゃん? 貸してくんないの?」
「まあ、はい……」
「てか、修学旅行生なんだよな? なんか見たことあるんだよなあ」

 3人組の1人に視線を移す。その1人が「えっ、俺?」と間抜けに自分を指差した。

「いや……多分会ったことないです……」
「ふーん。ところで、群青の桜井って分かる?」

 修学旅行生が地元の高校生に「多分」会ったことがないなんて言うはずがない。それだけでも充分なのに、その1人どころか3人揃って血の気が引いた。

「ゲッ、もしかして桜井本人……」

 ほらね、やっぱり。

「はーい、解散、解散。お年寄りからカツアゲすんな、5秒以内に帰らないとぶん殴るぞ、はーい5、4……」
「ッすいませんでした!」

 ヤバいとかマズイとか、そんなことを口走りながら、青い顔をした3人組は走り去った。ばあちゃんはカバンの中に手を突っ込んだまま、何が起こったのか分からないような顔をしてポカンと口を間抜けに開けている。近くで見ると、白髪の中には黒髪も混ざっているし、しわくちゃなわりに姿勢がいいし、つかチャリ乗ってるし、意外と若そうだった。

「ばあちゃん、金貸してくれって言われたんだよな? ああいうのは、金貸してくれつって財布出させてそれ取ってくんだよ」
「あらぁ……」
「つか、チャリの横になんかいたらチャリごと突き飛ばされて怪我するかもしれないし」 話しながら、まだ状況を理解してなさそうな呑気な返事に呆れてしまう。「変な連中が近付いてきても無視しないと。聞こえませーんってさ」
「あら、そうかね……」

 まだまだ、ぼんやりとした声だった。こんなんだと帰り道でまた別のカツアゲに遭うんじゃないかと、見てて不安になる。

「……分かったら早くチャリ乗って……」
「桜井くんかね!」

 突然、なにか思い出したようにその表情がパッと明るくなった。面食らうと「そうかね、そうかね」と返事もしてないのに勝手に頷かれた。

「……え、なに?」
「ちょうどよかった、今日はね、おまんじゅうが安かったんよ。桜井くんも来なさい」
「え?」