桜井くんにしがみついたまま外に出ると、ずっと倉庫の入口に立っていた長身の人が「ああ、結局なんもなしで?」「逃げたっぽいな」と蛍さんと話す。その視線が私に向いた。

 ゴールデンウィークに蛍さんと一緒にやって来た人とシルエットが完全に一致するから「能勢(のせ)芳喜(よしき)」さんだろう。ほんの少し垂れ気味の優しそうな瞳とほんのりと口角の上がった薄い唇と、口元の黒子(ほくろ)が印象的だった。同時に、桜井くんが「イケメンで背が高くて色気がある」と言っていたことも思い出したし、納得もした。今後「色気のある人」と言われて真っ先に浮かぶ人になりそうだ。

 そしてなにより、この中にいると明らかに浮いていた。というか、私とこの能勢さんだけ、見た目があまりにもありふれた高校生だった。改造もなにもされていない制服と黒髪のせいなのだろうけれど、ピンクブラウンの髪に刺繍入りの学ランを着ている蛍さんの仲間には到底見えない。

 なんだか不思議な人だな……と不躾(ぶしつけ)に観察してしまっていると、その能勢さんは穏やかに目尻を下げて笑った。

「三国英凜ちゃん? はじめましてじゃないんだけど、はじめましてって言ったほうがいいかな?」

 その声はハスキーで、桜井くんや雲雀くんの声が子供っぽく思えた。

 ふるふると桜井くんの腕の中で首を横に振る。海で会ったときは顔は分からなかったけど、あの時は蛍さんとこの能勢さんもいたからこそ、あのゴリラ達が蜘蛛の子を散らすように逃げていったのだと考えると、あれをカウントしないのは失礼な気がした。

「……こんな形で、すみません。三国英凜です」
「女の子がそんなこと気にしないでいいんだよ。むしろ、新庄に誘拐されて永人さんを呼ぶのは賢かったんじゃない?」

 なんとなく、本当になんとなくだけれど、それは安心する声だった。声の高さか、喋り方か、その両方かが絶妙に心地が良かった。

「永人さんもお気に入りなことだし」
「そういう話じゃねーよ、俺は対価はキチッと貰う主義だしな」

 私はバイクの上に横向きに載せられた。誰のバイクか分からずに辺りを見回すとバイクは二台しかない。雲雀くんと桜井くんは学校にバイクでは来ない、と考えるとこれは蛍さんと能勢さんのものだろう。

「さて、三国」能勢さんの隣で蛍さんが腕を組み「この間言ったとおりだ、俺は群青のメンバーじゃないヤツは助けない。この意味が分かるな?」

 群青のメンバーでないのであれば、助けない。逆に言えば、助けるのであれば──。

「桜井くんと雲雀くんは、私のせいで群青に入りましたか」
「三国、そうじゃない」桜井くんが素早く訂正して「三国のせいじゃなくて、俺達のせいで三国が誘拐されて、だから俺達は群青に入ることにした。間が抜けてる」
「……雲雀くんみたいな喋り方するね」
「……確かに俺にしては理屈っぽいこと言ったかも」

 むむ、と口角の一方を下げて眉間に皺を寄せる表情は、間違いなくいつもの桜井くんのものだった。蛍さんの視線は桜井くんと私、そして雲雀くんを見る。

「今回の件の話をしよう。三国、お前から雲雀に宛てた電話で、コイツらはいよいよ自分達の手に負えないと判断したらしい。真っ先に俺のところに来やがった、群青に入る代わりに三国を助けてくれってな。お前から俺に宛てた電話は、コイツらが群青に入ると決めた後だ」

 ほっ──と胸に安堵が広がる。私が誘拐されたことが発端とはいえ、私が蛍さんに電話をしたせいで群青に入ったわけではなかった。

「コイツらが群青に入るにあたって提示した条件は、三国、今回の件について俺が──群青が、お前を助けることだ。いいか、今回の件について、だ」

 蛍さんは注意深く、対象を限定した。

「俺は、群青のメンバーの女が誘拐されただのなんだの言われれば、そんなクソみたいな外道は潰してやる。ただ、メンバーのダチだのお気に入りだの、そんなものにまで手を広げるほど暇じゃない」
「……私を助けるのは今回限りってことですね」
「ああ。もちろん、桜井と雲雀はこれからもお前を助けてくれるんだろうけど」

 当然だとでもいうように、桜井くんがうんうんと頷いた。雲雀くんは動かないけれど、それこそが肯定だろう。

「それで手に負えなくなったのが、今回だ。お前が同じように拉致だの誘拐だのされる可能性はいくらでもある」

 桜井くんと雲雀くんと一緒にいる限り、ということだろう。推測ではあるけれも、二人が群青に入ったことで一層二人の周りは危険に晒される気がした。

「分かったら、今ここで、コイツらとは縁切りな」