「おい、結局誰もいねーのか?」

 扉がもう少し開いて、今度は蛍さんが入ってきた。その背後には知らない長身の人もいる。長身の人は入口に留まり、蛍さんだけが中に入って来た。

 蛍さんは私の前に立つ。私は、床にへたり込んだまま、呆然と蛍さんを見上げる。

 そうして暫く、蛍さんがここにいる原因が自分の電話だと思い出した。

「あ……、あの……蛍さん」
「女子と五分以上通話したのはお前が初めてだぞ、三国」

 ちゃんと着信があったことを示すように、蛍さんは携帯電話を取り出して振ってみせた。

「……すみません」
「桜井達と縁切る準備ができたら電話しろっていったのに、なあ?」

 蛍さんは笑っていたけれど、文脈のおかげで皮肉を読み取れた。

「よりによって、(ディープ・)(スカーレット)の新入りに誘拐されて、その助けを(ブルー・)(フロック)のトップに求めるとは、いい度胸してんな」

 蛍さんの視線が一瞬、私の脇に動いた。でもそれが何を見たのかは分からなかった。分からないまま、蛍さんの視線は私に戻る。

「どうする、三国。俺はタダじゃねーよ。お駄賃でもくれんのか?」

 その視線の間に、桜井くんが割り込む。ゴールデンウィークの海と同じで、まるで私を庇うように、私と蛍さんの視線が交錯(こうさく)するのを邪魔する。

「……そこは、もう、俺達が約束した通りなんで。三国は関係ないってことにしてもらえないですか」

 あれ、敬語? 状況にそぐわない疑問かもしれないけれど、その疑問は桜井くんと蛍さんの関係の変化を推測させるのに充分だった。

「……まあ、今回に限ってはそうだな」

 桜井くんは、その返事に頭を下げた。

 そのまま私に向き直り「大丈夫? 立てる?」と腕を引っ張ってくれた。立とうとして立てなかったわけではなかったのだけれど、そうされて初めて、自分が腰を抜かしていたことに気が付いた。

「……立てない」
「……おんぶでいい?」
「え、いや、いいよ。いやイヤとかじゃなくて、その、ほら重たいし」
「あー、てか立てないならおんぶむりかな。抱っこか」
「えっ」

 桜井くんに体を持ち上げられ、慌ててしがみついた。ジャンプしているときとは違う浮遊感に襲われる。大体、自分とそう変わらない体格(だと思う)の桜井くんに抱えあげられるなんて思ってもみなかったせいで、その意味での驚きもあった。

 桜井くんの右腕は膝下にあった。もう少し先に、新庄が触れた場所がある。ぎゅ、と無意識に、桜井くんの肩に乗せた腕に力が籠ってしまうのを感じた。

「さーて、ラブコメは後にしてもらおうか」

 倉庫内を見て回っていた蛍さんが倉庫の出口を指さす。

「こんなところに入ってて、誰かに見つかると面倒くさい。いったん外に出る。話はその後だ」

 視線を動かし、携帯電話が転がっているのを見つける。拾わなきゃ、と考えていると、まるでテレパシーでも伝わったように、雲雀くんがそれを拾い上げてくれた。雲雀くんのいつもの不愛想な顔と目が合う。

「……三国のだろ?」
「……うん。ありがと」

 私が桜井くんにしがみついているせいか、雲雀くんはそのまま携帯電話を預かってくれた。隣では荒神くんが「あーもう、マジ痛い」と手首を擦っていた。