その新庄が視界から消えて暫く、倉庫内には静寂が訪れた。私の心臓はまだドクドクとうるさく鼓動していて、平静を取り戻すにはまだ時間がかかりそうだった。まともなのは頭の中だけで、まるで理性と本能が切り離されているかのように、ぐるぐると思考回路が動いている。
少なくとも、雲雀くんと桜井くんには連絡がついた。あの二人が来てくれることは間違いない。大丈夫。この場でいたずらに寝転んでいるうちに、いつの間にか深緋の別のメンバーがやってきましたなんてことにはならない。大丈夫。
それに、手探りで打ち込んだ蛍さんの携帯電話番号に間違いはなかった。ずっと通話中だったということは、蛍さんはきっと会話を聞いている。携帯電話のマイク部分を上にしてポケットに入れていたから、きっと会話は拾えている。
そう言い聞かせて、必死に息を吸う。大丈夫。きっと、大丈夫。
「……三国、起きれる?」
荒神くんの声が聞こえる場所は、変わっていなかった。ドクリドクリと早鐘を打ち続ける心臓をセーラー服の上から押さえながら、ゆっくりと、体を起こす。背中にはまだコンクリートの感触が残っていたし、お腹にも、新庄の体温が残っていた。
気持ち悪い、早く洗いたい――。セーラー服を見下ろした瞬間に、何の論理もなくそんな感情が飛び出てきた。
頭の中には、私の上に乗った新庄の顔が写真として保存されている。コマ送りとまではいわないけれど、私を見下ろす顔の写真が、パーツの動きを変えていくつも保存されている。その写真のせいで、体への感触さえ、覚えてしまっている気がした。
ジリジリとセーラー服のチャックを下ろした。痙攣のように震える手でもたもたとセーターのボタンを留め直す。スカーフを解かれたことを思い出して結ぼうとしたけれど……手が震えて、なかなか結べなかった。それをなんとかかんとか結ぶ。
そこまできて、やっと荒神くんを見た。荒神くんの頬は赤く腫れていたし、腕はサイドテーブルの足に結び付けられていた。
なんて言おう。大丈夫かどうか、聞こうか。顔を見れば怪我をしているのは分かるし、でもそれ以外に外傷は見当たらないし、意識もあるし、大丈夫なのは明らかだ。それを口に出す必要が分からなかった。
荒神くんも何も言わなかった。荒神くんが何も言わないのが、この状況で私にどう声をかければいいのか分からないからならいいと思った。
倉庫内の静寂が沈黙に変わってしまったそのとき、ガンッと倉庫の扉が揺れた。ガラガラと扉が開く。
「……三国?」
真っ先に飛び込んできたのは桜井くんだった。雲雀くんもすぐに顔を出し、桜井くんと違って素早く視線を動かす。
「……二人だけか?」
「……新庄ならあっちから逃げた。三国が永人さん呼んだから」
荒神くんの視線を追いかけると、私達が入ってきたのとは反対側に勝手口のようなものが見えた。
そうか、あっちから逃げたのか。天井しか見えてなかったから分からなかった――。勝手口のほうばかりを見てそんなことを考えていると、突然強く両肩が掴まれた。
「三国!」
はっと振り向けば、桜井くんの顔が目の前にあった。
「え、あ」
やっと声が出たかと思ったら、コホリと咳が出た。新庄の前ではあんなにペラペラと喋っていたのに、そんな自分は別人だったんじゃないかと思えるくらい、上手く言葉が出なかった。
「大丈夫か? 新庄になんかされてない!?」
荒神くんの視線が私に向く。それに気づかないふりをして、首を横に振った。
「……大丈夫」やっと言葉になった声は掠れていて「……大丈夫。何もされてないから」
ほーっ、と桜井くんが息を吐きだしながら俯いた。私の肩を掴む手からもゆるゆると力が抜けて、安堵が伝わってくる。
あとで、荒神くんに口留めしなきゃ……。ゆっくりと、何度か瞬きをする。目はカピカピに渇いていた。きっと、自分でも気づかないうちに目を見開いてしまっていたのだろう。
「マジでビビった……。アイツ本物のクソ野郎だから……三国になんかあってもおかしくなかったから……マジで……」
桜井くんは、何にも気付かなかった。自然といえば自然なことだった、私には外傷はないし、制服だって乱れていないし、私が何もしていないと言えば何もされていないことになる。
手出したって、分かんのかなあ? ――その新庄の言葉は正しかった。私と荒神くんが何も言わなければ、私は何もされていないことになる。たとえあのまま最後までされていたとしても――。そう考えると、背筋が凍る思いだった。
少なくとも、雲雀くんと桜井くんには連絡がついた。あの二人が来てくれることは間違いない。大丈夫。この場でいたずらに寝転んでいるうちに、いつの間にか深緋の別のメンバーがやってきましたなんてことにはならない。大丈夫。
それに、手探りで打ち込んだ蛍さんの携帯電話番号に間違いはなかった。ずっと通話中だったということは、蛍さんはきっと会話を聞いている。携帯電話のマイク部分を上にしてポケットに入れていたから、きっと会話は拾えている。
そう言い聞かせて、必死に息を吸う。大丈夫。きっと、大丈夫。
「……三国、起きれる?」
荒神くんの声が聞こえる場所は、変わっていなかった。ドクリドクリと早鐘を打ち続ける心臓をセーラー服の上から押さえながら、ゆっくりと、体を起こす。背中にはまだコンクリートの感触が残っていたし、お腹にも、新庄の体温が残っていた。
気持ち悪い、早く洗いたい――。セーラー服を見下ろした瞬間に、何の論理もなくそんな感情が飛び出てきた。
頭の中には、私の上に乗った新庄の顔が写真として保存されている。コマ送りとまではいわないけれど、私を見下ろす顔の写真が、パーツの動きを変えていくつも保存されている。その写真のせいで、体への感触さえ、覚えてしまっている気がした。
ジリジリとセーラー服のチャックを下ろした。痙攣のように震える手でもたもたとセーターのボタンを留め直す。スカーフを解かれたことを思い出して結ぼうとしたけれど……手が震えて、なかなか結べなかった。それをなんとかかんとか結ぶ。
そこまできて、やっと荒神くんを見た。荒神くんの頬は赤く腫れていたし、腕はサイドテーブルの足に結び付けられていた。
なんて言おう。大丈夫かどうか、聞こうか。顔を見れば怪我をしているのは分かるし、でもそれ以外に外傷は見当たらないし、意識もあるし、大丈夫なのは明らかだ。それを口に出す必要が分からなかった。
荒神くんも何も言わなかった。荒神くんが何も言わないのが、この状況で私にどう声をかければいいのか分からないからならいいと思った。
倉庫内の静寂が沈黙に変わってしまったそのとき、ガンッと倉庫の扉が揺れた。ガラガラと扉が開く。
「……三国?」
真っ先に飛び込んできたのは桜井くんだった。雲雀くんもすぐに顔を出し、桜井くんと違って素早く視線を動かす。
「……二人だけか?」
「……新庄ならあっちから逃げた。三国が永人さん呼んだから」
荒神くんの視線を追いかけると、私達が入ってきたのとは反対側に勝手口のようなものが見えた。
そうか、あっちから逃げたのか。天井しか見えてなかったから分からなかった――。勝手口のほうばかりを見てそんなことを考えていると、突然強く両肩が掴まれた。
「三国!」
はっと振り向けば、桜井くんの顔が目の前にあった。
「え、あ」
やっと声が出たかと思ったら、コホリと咳が出た。新庄の前ではあんなにペラペラと喋っていたのに、そんな自分は別人だったんじゃないかと思えるくらい、上手く言葉が出なかった。
「大丈夫か? 新庄になんかされてない!?」
荒神くんの視線が私に向く。それに気づかないふりをして、首を横に振った。
「……大丈夫」やっと言葉になった声は掠れていて「……大丈夫。何もされてないから」
ほーっ、と桜井くんが息を吐きだしながら俯いた。私の肩を掴む手からもゆるゆると力が抜けて、安堵が伝わってくる。
あとで、荒神くんに口留めしなきゃ……。ゆっくりと、何度か瞬きをする。目はカピカピに渇いていた。きっと、自分でも気づかないうちに目を見開いてしまっていたのだろう。
「マジでビビった……。アイツ本物のクソ野郎だから……三国になんかあってもおかしくなかったから……マジで……」
桜井くんは、何にも気付かなかった。自然といえば自然なことだった、私には外傷はないし、制服だって乱れていないし、私が何もしていないと言えば何もされていないことになる。
手出したって、分かんのかなあ? ――その新庄の言葉は正しかった。私と荒神くんが何も言わなければ、私は何もされていないことになる。たとえあのまま最後までされていたとしても――。そう考えると、背筋が凍る思いだった。



