荒神くんの言葉を聞き入れようとしなかった新庄の手が、それを聞いて止まった。

 するっと、間抜けなほどにあっさりと新庄の手はセーラー服の中からいなくなった。

「荒神、それ、本当?」

 新庄は私の上に乗ったままだった。私の上に乗ったまま頬杖をつき、多分荒神くんがいるところを振り向いた。

「……本当。この間も、三国が襲われたとき、永人さんがわざわざ出てきて助けてくれたくらいには、お気に入り」
「……ふーん?」

 新庄が少し考え込む。蛍さんの名前は覿面(てきめん)で、荒神くんの声がしたのと似たような位置から「ってことは群青が出てくる?」「お気に入りったって姫じゃねーだろ」「でもここに来られたら……」とコソコソと話し合いが始まった。

 新庄が再び私の携帯電話を手に取って私に見せた。通話履歴には「雲雀侑生」「三国妙子」「三国妙子」「雲雀侑生」と並ぶ名前のほかに、電話番号だけの表示がある。

「……これ、蛍永人の電話番号なんて言わないよねえ?」
「……ゴールデンウィークに、永人さんは三国に電話番号を渡してた」

 その荒神くんの声を合図にしたように、カンッと携帯電話が放り投げられ、そのままカラカラと倉庫の隅に転がっていった。新庄はすくっと立ち上がる。

「撤収」
「え?」
「三国ちゃんと荒神は置いてく。群青の――蛍永人が来るとなると、ちょっとマズイ。電話してそろそろ十分、下手しもう来るよねえ?」

 そうと決めた新庄たちの動きは、早かった。ただ、コンクリートに寝転がった状態からは、足音の振動と「本当に蛍永人のケー番か?」「知らねーよ、でも本人だとマズイだろ」「つか渡されたって覚えてるわけなくね」「いいから早くしないと」と慌ただしい会話を聞くことしかできなかった。

「三国ちゃん」

 寝転がったままの私の隣に、新庄が(かが)みこむ。その人差し指は、秘密だよとでもいうように私の唇に押し当てられた。ぞわりと全身の産毛が粟立つ。

「続きはまた今度ねえ」

 その微笑みは、まるで恋人に向けるようなものだった。