ぼくらは群青を探している

 だから、紅鳶神社へ行ったことはどれだけ怒られても仕方がないとは分かっていた。桜井くんの指摘を理解することはできなかったけれど、桜井くんが怒ったのだからきっと雲雀くんが怒ることなのだろうと。

 でも、桜井くんと蛍さんの話はそれとは別だ。桜井くんと一緒にいたことと、蛍さんに送ってもらったことが雲雀くんにとって悪い意味で特別な意味を持つということは、まだ誰も教えてくれていない。

 でも、桜井くんに詰問(きつもん)されて泣いてしまったなんて、雲雀くんの前では言えないと判断したのは確かだった。そして桜井くんもその点を(つまび)らかにしなかった。それが、答えなのかもしれなかった。

「……同じ場所にいてもそう。三国が昴夜と二人で喋ってるとき、何を喋ってるのか、どんな顔をしてるのか……、俺に分からない話じゃないか。俺は、気になるよ」

 内心がそんな有様だったのに、言葉に詰まってしまったのは、そう聞いた途端に、馴染のない感情だなんて白々しいことは言えなくなったから。

 そのことに、雲雀くんは気付いたのだろうか。分からなかった。ただ、表情は変えないまま、もう一度、そっと息を吐きだす。

「……ピアス、ありがとう。つけるよ。おやすみ」

 東西線の逆のホームへ、雲雀くんは降りて行った。言葉を失ったまま呆然とその後ろ姿を見送って……、階段を下りた後、つい向かい側のホームに視線を向ける。雲雀くんはホームに沿ってずっと遠くへ歩いているばかりで、私の姿を探そうともしていなかった。そのまま、ファファーミ♭ドー……と音楽が流れ始め、電車が滑り込んできて、姿は見えなくなった。

 そこから最寄駅に着くまで、自分が何を考えていたのか、よく覚えていない。ただぼんやりと、馴染のない感覚だったはずの感情の基礎を、頭の中で反芻していた。

 海で浮島にいるときに、桜井くんが胡桃の浮き輪に捕まって帰ると、ごく自然に胡桃を選んだことを、つい気にしてしまったこと。海で片付けのときに桜井くんの姿が見当たらなくて、ついその姿を探してしまったこと。桜井くんと胡桃が二人で喋っているのなんていつものことなのに、つい耳を(そばだ)ててしまうこと。

 桜井くんは赤と白が混ざるとオレンジになると考えたことがあること、クッキーが嫌いなこと、幼い頃に竹で額切ったことがあること、お母さんが飲酒運転の車との事故で亡くなったこと、お酒は絶対飲まないと決めていること、プールで溺れたことがあること、最近の部屋には楽譜が散らばっていて、キーボードで一生懸命練習してるけど下手なままだということ。これを全部、幼馴染の胡桃は知っていて、私は何も知らないこと。

 その諸々に対して覚えた感情は、“寂しい”と形容するほど大袈裟なものではなかった。ただ、私だって桜井くんのことを知りたい、誰もが知ってる桜井くんを知りたい、誰もが知らない桜井くんを知りたい、そう感じた程度だった。

 でも……、そっか。

 あの日──雲雀くんに告白されたって聞いたよと桜井くんに言われたあの日だって、そうだった。桜井くんの数々の言動に対して、私は「それだけ?」なんて思ってしまっていた。桜井くんにもっと別の反応を求めていた。論理的には、これから先、私と桜井くんが二人で並んで歩くことはないという可能性だってあるのに、桜井くんは、それに困ったところで、仕方がないで済ませなければいけなくて、なおかつ済ませることができる、そんな事実が私には堪らなく寂しかった。

 桜井くんにとって私は特別じゃない。