でも、大丈夫だ。この人は私達には危害は加えない。深呼吸さえ震えそうになるのを必死に堪えた。大丈夫、私達に危害を加えると、勧誘したい二人の反感を買うだけだ。だから私達には危害を加えない。大丈夫。
「……桜井くんと雲雀くんを深緋に欲しいけど、二人がただで頷くはずがないから、頷かないと私が酷い目に遭うよと脅迫するために私を誘拐して、いまの言葉を雲雀くんに電話で伝えてほしい、ってことですよね」
「おーっ。すげー、本当に頭いい」
ゆっくりと吐き出した回答に、まるでオットセイのように新庄は手を叩いた。隣の荒神くんが私を凝視しているのは分かったけれど、目を合わせる余裕さえなかった。ソファにいる他の三人は「なんか物分かりのいい人質きたな」と笑っていた。
「で、呼べるの?」
「……雲雀くんが、電話に出てくれれば」
「あそ。んじゃさっさと電話しよ。ケータイ出して」
「……手を解いてくれないと無理です」
「あー、ごめんごめん。ほどいてやって」
新庄の指示で、殴られてないほうの誘拐犯が慌てたように私のロープを解き始めた。きっと私が何かできるとは思われていないのだろう。反面、男だからか、荒神くんの腕は縛られたままだった。
スカートのポケットから携帯電話を取り出して差し出すと、新庄はそれを手に取り「あー……マジで群青の連中とは関係ないんだなあ。雲雀以外、女子の連絡先しか入ってねー。あ、荒神はいんのね」と少し中身を確認して「はい」と雲雀くんに対する通話ボタンが押された状態で携帯電話を差し出した。「発信中」と表示された画面と新庄の顔を交互に見ると、ちゃんと喋りなとでもいうように顎が動いた。
プツッと音がするまで、そう時間はかからなかった。
「《なんだ、三国》」
「……雲雀くん、いま――」
「いま、あなたの三キロ北にいるの。なんてね」
「《……誰だお前》」
さすがに、その雲雀くんの声が剣呑さを帯びていることくらい分かった。新庄は「久しぶりだねえ、雲雀」と私の代わりに話し始める。
「北中の新庄だけど、覚えてる?」
「《……新庄篤史か? 三国と仲良かったなんて初耳だな》」
電話の向こうから「なに? 三国じゃないの?」と桜井くんの無邪気な声が聞こえた。
「一緒にいてくれて、話が早いなあ。いや、あのねえ、北海岸の漁場に並んでる倉庫、分かる? あの三番の倉庫に三国英凜ちゃんと一緒にいるんだけど」
荒神くんがいないことにされた。でも、大事なのは私がここにいるという情報だけなので仕方がない。
「《……来いってか?》」
「そういうこと。北の悪鬼と西の死二神が組むのも、悪くない話だろ?」
電話の向こうで少し沈黙が落ちた。桜井くんの声も聞こえなくなったので、桜井くんも状況は理解したらしい。
「分かったら、今すぐ。よろしく」
新庄は律儀に携帯電話を返してくれた。こんなもの、預かっておくに越したことはないはずだけれど「こう見えてもフェミニストだからねえ」と半ば押し付けるように返された。どうやら本当に、私のことはなめくさっているらしい。実際、携帯電話にはめぼしい連絡先もないし、警察になんて連絡できないから、その認識で正しいといえば正しいけれど。
正しいけれど。そっと携帯電話を握りしめ、注意深くポケットの中にしまいこむ。ドクンと焦りで心臓の鼓動が大きくなった。
新庄は私と荒神くんに「んじゃ、まあ、座っとこうか。お前らに手だしたら桜井と雲雀が深緋に入んないかもしれねーからさあー」とソファへと促す。おそるおそる、荒神くんと顔を見合わせていると「ほらあ、こっち来いよ」と追撃され、脇に控えている一人にも奥へ行くよう小突かれた。荒神くんが「痛い痛い。てかこれほどいて?」と少しふざけ気味に言うけど無視された。
奥のソファに座っているのは、新庄を合わせて四人。ソファの真ん前にあるサイドテーブルには灰皿が置かれていて、待ちくたびれたかのように吸殻がいっぱいになって、いまにも溢れそうだった。その割に三人が煙草を吸おうとする気配はなく「三国英凜って結局あの二人のなんなん」「知らん、一緒にいるの見るってばっかり」「どっちのなに?」と噂話のような話し声が聞こえてくる。
「……桜井くんと雲雀くんを深緋に欲しいけど、二人がただで頷くはずがないから、頷かないと私が酷い目に遭うよと脅迫するために私を誘拐して、いまの言葉を雲雀くんに電話で伝えてほしい、ってことですよね」
「おーっ。すげー、本当に頭いい」
ゆっくりと吐き出した回答に、まるでオットセイのように新庄は手を叩いた。隣の荒神くんが私を凝視しているのは分かったけれど、目を合わせる余裕さえなかった。ソファにいる他の三人は「なんか物分かりのいい人質きたな」と笑っていた。
「で、呼べるの?」
「……雲雀くんが、電話に出てくれれば」
「あそ。んじゃさっさと電話しよ。ケータイ出して」
「……手を解いてくれないと無理です」
「あー、ごめんごめん。ほどいてやって」
新庄の指示で、殴られてないほうの誘拐犯が慌てたように私のロープを解き始めた。きっと私が何かできるとは思われていないのだろう。反面、男だからか、荒神くんの腕は縛られたままだった。
スカートのポケットから携帯電話を取り出して差し出すと、新庄はそれを手に取り「あー……マジで群青の連中とは関係ないんだなあ。雲雀以外、女子の連絡先しか入ってねー。あ、荒神はいんのね」と少し中身を確認して「はい」と雲雀くんに対する通話ボタンが押された状態で携帯電話を差し出した。「発信中」と表示された画面と新庄の顔を交互に見ると、ちゃんと喋りなとでもいうように顎が動いた。
プツッと音がするまで、そう時間はかからなかった。
「《なんだ、三国》」
「……雲雀くん、いま――」
「いま、あなたの三キロ北にいるの。なんてね」
「《……誰だお前》」
さすがに、その雲雀くんの声が剣呑さを帯びていることくらい分かった。新庄は「久しぶりだねえ、雲雀」と私の代わりに話し始める。
「北中の新庄だけど、覚えてる?」
「《……新庄篤史か? 三国と仲良かったなんて初耳だな》」
電話の向こうから「なに? 三国じゃないの?」と桜井くんの無邪気な声が聞こえた。
「一緒にいてくれて、話が早いなあ。いや、あのねえ、北海岸の漁場に並んでる倉庫、分かる? あの三番の倉庫に三国英凜ちゃんと一緒にいるんだけど」
荒神くんがいないことにされた。でも、大事なのは私がここにいるという情報だけなので仕方がない。
「《……来いってか?》」
「そういうこと。北の悪鬼と西の死二神が組むのも、悪くない話だろ?」
電話の向こうで少し沈黙が落ちた。桜井くんの声も聞こえなくなったので、桜井くんも状況は理解したらしい。
「分かったら、今すぐ。よろしく」
新庄は律儀に携帯電話を返してくれた。こんなもの、預かっておくに越したことはないはずだけれど「こう見えてもフェミニストだからねえ」と半ば押し付けるように返された。どうやら本当に、私のことはなめくさっているらしい。実際、携帯電話にはめぼしい連絡先もないし、警察になんて連絡できないから、その認識で正しいといえば正しいけれど。
正しいけれど。そっと携帯電話を握りしめ、注意深くポケットの中にしまいこむ。ドクンと焦りで心臓の鼓動が大きくなった。
新庄は私と荒神くんに「んじゃ、まあ、座っとこうか。お前らに手だしたら桜井と雲雀が深緋に入んないかもしれねーからさあー」とソファへと促す。おそるおそる、荒神くんと顔を見合わせていると「ほらあ、こっち来いよ」と追撃され、脇に控えている一人にも奥へ行くよう小突かれた。荒神くんが「痛い痛い。てかこれほどいて?」と少しふざけ気味に言うけど無視された。
奥のソファに座っているのは、新庄を合わせて四人。ソファの真ん前にあるサイドテーブルには灰皿が置かれていて、待ちくたびれたかのように吸殻がいっぱいになって、いまにも溢れそうだった。その割に三人が煙草を吸おうとする気配はなく「三国英凜って結局あの二人のなんなん」「知らん、一緒にいるの見るってばっかり」「どっちのなに?」と噂話のような話し声が聞こえてくる。



