ぼくらは群青を探している

 荒神くんと二人で大人しく後部座席にちょこんと座っていると「三国だった?」と運転席から声をかけられ、私と荒神くんの両脇の人が「おー、三国だって」「写真より可愛い」と返事をした。バックミラー越しに運転席の人と目が合う。

「そーか? そんな変わんくないか」
「写真、なんか目小っちゃくない?」
「つか化粧してないじゃん、桜井と雲雀って本当にこんなんが好きなのかなあ」
「でも桜井と雲雀のお気に入りなのはマジだべ。雲雀のケー番、聞いてんだってさ」
「桜井は?」
「アイツはケータイ持ってないっすよ」

 荒神くんが代わりに答えると、その隣の男の目が一瞬、荒神くんを見た。

「……でもあの二人、いつも一緒につるんでるんで。侑生にかければ昴夜もいます」
「気色悪ィな、ホモかよ」

 暫く走った車が停まったとき、窓越しに見えたのは波止場だった。頭の中で地図を描き、自分の現在位置を確認する。降りるように指示され、荒神くんと揃って古びた倉庫の中に案内される。

 薄暗い倉庫内では、コンクリート独特のキンと冷え切った臭いと、古さゆえの埃っぽさが鼻をつく。中には、おそらくかつての持ち主が置いて行ったのであろう資材が積まれていて、真ん中には遊技場よろしくビリヤードの台とソファがあった。ソファには何人かが座っていて「早かったな」「隣誰だ? 桜井?」「ちげーよ、桜井は金髪だ」なんてボソボソ話しているのが聞こえてくる。

 その中で、ゆらりとひとつの影が立ち上がる。私達の両脇の人が「新庄(しんじょう)さん、お疲れ様です」「連れてきました」と挨拶をするので名前が分かった。ついでに荒神くんが「うぎゃ」と小さく呻く。荒神くんはよく呻く。

「新庄って、新庄篤史(あつし)かな」
「有名人?」
「昴夜と侑生が西の死二神なら新庄は北の悪鬼(あっき)(ディープ・)(スカーレット)に入ってて、昴夜と侑生がマジで可愛く見えるくらいにはヤバイヤツ、だから同級生も敬語遣うし」
「おいうるせーよ」

 私達を拉致(らち)した二人組に怒られ、荒神くんと揃って首を竦めてしまった。そんな私達の前に、ゆっくりと、その新庄()が立ちはだかる。

 桜井くんと雲雀くんの怖さはすっかり減退してしまっていたので、荒神くんの説明を聞いてもピンとは来なかった。ただ、ゆらりなんて擬態語の似合いそうな長身と酷薄(こくはく)そうな笑み、そして頬にある大きな傷跡は、どことなく不気味だった。

「……これが、三国英凜ちゃん?」

 その不気味さに合わせたように、その声はゆったりと、のんびりとしていた。

 それはさておき、本当に右を向いても左を向いてもフルネームを知られていそうな認知度の高さに、状況も忘れて首を捻ってしまった。本当に、いつの間にか棚から牡丹餅有名人だ。いや、別に全く嬉しくなんかないのだけれど。

「と……、こっちは?」
「荒神です。三国が一人だと体弱くて死ぬつーんで連れてきました」

 そう言ったつもりはなかったのだけれど、この人達にとって、体が弱いのか、だから一人だと死ぬのかは大した問題ではないのだろう。二人組の片方がそれを訂正することはなく、新庄も「ああ、なんか桜井とかとたまに一緒にいるやつね」と頷いただけだった。

 そして次の瞬間、なぜか私と荒神くんの両脇の片方――つまり仲間を蹴っ飛ばした。

 鈍い音と呻き声とが混ざった。突然の仲間割れに、私と(多分荒神くんも)石像のように硬直した。一体何が起こったのか分からなかった。一体、いまの遣り取りの中で、何がこの新庄の気に(さわ)ったのか、さっぱり分からなかった。

 だからこそ、その理不尽な暴力に冷や汗が止まらなくなった。

「あのさあ、俺、言ったよね」倒れた仲間の前に新庄は屈みこみ「荒神と二人でいるとこ狙えって。それなんでだったっけ?」
「……三国を、連れて行ったと、桜井達に伝えないといけないから……」
「そうだよねえ」

 倒れたほうが答えられなかったので、もう片方が代わりに答えた。

「じゃあ、なんで荒神を連れてきちゃったのかな」
「……三国が、一人だと死ぬっていうから……」
「それ、関係あるかなあ?」
「で、でも、三国になんかあったら、桜井も雲雀も絶対深緋には入らないだろうって」

 ……つまりこの新庄は深緋のメンバーということか。話が読めた。ゴールデンウィークは黒鴉、今日は深緋……桜井くんの言葉を借りればラブコールの一環としての拉致、だ。

「まあ、それはそうだろうねえ。じゃ、どうすんの。どうやって桜井達呼ぶの」
「三国が……、雲雀のケー番知ってるって……」
「ほーん?」

 新庄の顔がゆっくりと私に向けられ、心臓をナイフの背で叩かれたような緊張が走った。そのまま新庄は大きく一歩踏み出すだけで私の前に立ち、腰を曲げ、私を間近で見る。拍子に、甘苦い煙草の臭いがしたので思わず顔をしかめた。

「とりあえずねー、今の状況、分かる?」

 口を開くと、声が震えてしまいそうだった。下手なことを口走れば私もさっきの人のように殴られるんじゃないかと怖かった。