腰に手を回すならさっさとしろ、という意味に聞こえたので「じゃあ……失礼します……」と蛍さんの腰回りのティシャツを掴んだ。抱き着くように腕を回すことなんて恥ずかしくてできなかったし、というか雲雀くんとの関係で問題があるようにしか思えなかったし、というか蛍さん腰細……。
思考は爆音に遮られ、また「ぎゃっ」と間抜けな声を上げてしまい、そしてそれを合図にしたように発進されてしまった。バタバタバタッと上着は風に煽られ、外気温よりずっと寒く感じた。これは……蛍さんの上着がないと凍えていただろう。逆にいえば蛍さんは凍えていておかしくない。
「蛍さん上着!」
叫べばなにかしらの返事はあったけれど、エンジン音と風の音でぐちゃぐちゃになってよく聞こえなかった。これは私の声量でどうにかなるものではなさそうだ。
信号待ちのタイミングで「蛍さん、上着返しましょうか?」とやっと声をかけたけれど「お前下半袖だろ、着とけ」と案の定突っぱねられてしまった。
「……というか、あの、駅までで……全然」
「今日だけは家まで送ってやる。今度からは雲雀に送ってもらいな。アイツボンボンだしな」
家がお金持ちなのがなににどう関係するのか……? 聞きたかったけれど、信号が青になってしまったせいで聞けなかった。
送ってもらっている間、蛍さんとの会話はほとんどなかった。バイク音で声が聞こえそうになかったというのもあるけれど、蛍さんもわざわざ会話なんて振ってこなかったし、信号待ちのときに話すような話題がいまの私にはなかった。
……信号待ちなんて、間隙を縫うようなことでは事足りなかった。ぎゅっと、伸びそうなほどに蛍さんのティシャツを握り締める。蛍さんのシャツの裾を握って緊張はしても、雲雀くんへの罪悪感のようなものが生じないのは、自分がこの人を先輩以上に見ていないと、ちゃんと自覚できているからだろう。
家の近くまでくると「5丁目だとよ、お前ん家どっち」「……ここを左です。まっすぐ行ったら業務用スーパーがあるのでそこの大きい通りを右に……」と細かく道を聞きながら、結局家の前まで送ってくれた。エンジンが切られた瞬間、暴れ馬よりもうるさかったバイクはスンッ……と突然静かになる。よたよたとバイクから降りると、蛍さんは「ヘルメとるぞ」と苗でも引っこ抜くようにしてヘルメットを回収した。
「……上着は洗って返すべきなんでしょうけど、そんなことすると寒いですよね?」
「当たり前だ、今すぐ返せ」
「すいません……」
9月も下旬になれば夜は涼しい、なんて呑気なことを言っている場合ではない、蛍さんの体は間違いなく冷え切っているに違いなかった。のたのたと少しぶかぶかの上着から腕を抜いて、それを抱えたまま少し考え込む。
「……温かいお茶でも淹れましょうか?」
「ババアかよお前は。どこの女子高生がお茶淹れるなんて日本語使うんだ」
「……コーヒーでもいれればいいんですか」
「男なんて冬でもコーラ出しとけばいいんだよ」
「……雲雀くんは和菓子を出せばお茶を淹れます」
「聞いてねー、ジジババかお前らは。……お試しつってたけどお似合いだよ」
蛍さんは家に上がる気がないらしく、悪態を吐きながら私の手から上着をもぎ取った。ただ、私が門の前でじっと立っているせいなのか、バイクのエンジンはかからないままだし、上着も着ようとしない。
「……なんだよ」
「……いえ、あの、お見送りするのでどうぞ走り去っていただいて……」
思考は爆音に遮られ、また「ぎゃっ」と間抜けな声を上げてしまい、そしてそれを合図にしたように発進されてしまった。バタバタバタッと上着は風に煽られ、外気温よりずっと寒く感じた。これは……蛍さんの上着がないと凍えていただろう。逆にいえば蛍さんは凍えていておかしくない。
「蛍さん上着!」
叫べばなにかしらの返事はあったけれど、エンジン音と風の音でぐちゃぐちゃになってよく聞こえなかった。これは私の声量でどうにかなるものではなさそうだ。
信号待ちのタイミングで「蛍さん、上着返しましょうか?」とやっと声をかけたけれど「お前下半袖だろ、着とけ」と案の定突っぱねられてしまった。
「……というか、あの、駅までで……全然」
「今日だけは家まで送ってやる。今度からは雲雀に送ってもらいな。アイツボンボンだしな」
家がお金持ちなのがなににどう関係するのか……? 聞きたかったけれど、信号が青になってしまったせいで聞けなかった。
送ってもらっている間、蛍さんとの会話はほとんどなかった。バイク音で声が聞こえそうになかったというのもあるけれど、蛍さんもわざわざ会話なんて振ってこなかったし、信号待ちのときに話すような話題がいまの私にはなかった。
……信号待ちなんて、間隙を縫うようなことでは事足りなかった。ぎゅっと、伸びそうなほどに蛍さんのティシャツを握り締める。蛍さんのシャツの裾を握って緊張はしても、雲雀くんへの罪悪感のようなものが生じないのは、自分がこの人を先輩以上に見ていないと、ちゃんと自覚できているからだろう。
家の近くまでくると「5丁目だとよ、お前ん家どっち」「……ここを左です。まっすぐ行ったら業務用スーパーがあるのでそこの大きい通りを右に……」と細かく道を聞きながら、結局家の前まで送ってくれた。エンジンが切られた瞬間、暴れ馬よりもうるさかったバイクはスンッ……と突然静かになる。よたよたとバイクから降りると、蛍さんは「ヘルメとるぞ」と苗でも引っこ抜くようにしてヘルメットを回収した。
「……上着は洗って返すべきなんでしょうけど、そんなことすると寒いですよね?」
「当たり前だ、今すぐ返せ」
「すいません……」
9月も下旬になれば夜は涼しい、なんて呑気なことを言っている場合ではない、蛍さんの体は間違いなく冷え切っているに違いなかった。のたのたと少しぶかぶかの上着から腕を抜いて、それを抱えたまま少し考え込む。
「……温かいお茶でも淹れましょうか?」
「ババアかよお前は。どこの女子高生がお茶淹れるなんて日本語使うんだ」
「……コーヒーでもいれればいいんですか」
「男なんて冬でもコーラ出しとけばいいんだよ」
「……雲雀くんは和菓子を出せばお茶を淹れます」
「聞いてねー、ジジババかお前らは。……お試しつってたけどお似合いだよ」
蛍さんは家に上がる気がないらしく、悪態を吐きながら私の手から上着をもぎ取った。ただ、私が門の前でじっと立っているせいなのか、バイクのエンジンはかからないままだし、上着も着ようとしない。
「……なんだよ」
「……いえ、あの、お見送りするのでどうぞ走り去っていただいて……」



