ぼくらは群青を探している

「つかまあ、苗字変わってっつーのはなんつーか、まあきっかけだな。ブッサイクな女子って虐められんだろ」
「永人さんの妹じゃん? ブッサイクなんてことある?」
「そうそう、俺もそれ言ったんだよね。兄貴が妹の顔ブスって言ってるだけなんじゃないのって」
「いや、むしろ兄貴として最大限庇ってもブス。兄貴の俺が保障する」

 一体何の保障なのか、それはさておき、確かに私の記憶の中の豊池さんは、いわゆる可愛い部類ではなかった。美人でもなかった。男子がそのどちらかの形容を使っているのも聞いたことがなかった。そして──。

「あと中学ン時から顔にめっちゃくちゃニキビできててな。気持ち(わり)ィとか(きたね)えって言われてたんだよ。ほらナントカ菌が伝染るってあんだろ、あれだよ」

 そして、私がその豊池さんのノートを拾っている様子を見たクラスメイトは、笑っていた。豊池さんの顔のニキビが伝染るから、仲良くしないほうがいいと。

「……そんな似てないんすか、永人さんと妹さん」
「全ッ然似てねーな。アイツマジでブスだから。父親違うって言われても信じる」
「ま、いーじゃん、妹の顔の話は。そんで三国ちゃんが永人の妹のこと助けてあげたんだよねー」
「え、いえ、私は何もしてないです……」

 やっぱり、人違いだ。ふるふると首を横に振った。だって私がしたのはノートを拾ったことだけだし、それ自体は通りすがりの人なら当然やることだし、現に豊池さんはあの後間もなく転校している。

「私がしたのは……その、豊池さんが落としたノートを拾っただけで。何かをしたなんて言うのは烏滸(おこ)がましい程度の……」
「分かってねーな、三国。豊池菌が伝染るって言われてたうちの妹が触ったモンに触るヤツなんざいなかったんだよ、その時はな」

 ぱちくりと間抜けに瞬きした。え、いや、だって、豊池菌なんて存在しないし、それはニキビのメカニズムを知らない子達が言い出した論理も根拠もへったくれもない菌だし、触ったって伝染るものじゃないのは明白だし、そんな頭の悪い人達と一緒にされたって困る──なんてものが答えになっていないのは分かっていた。

 ただ、だからなんだというのだろう。知らなかったとはいえ、仮に私がその虐めの事実を知っていたところで、じゃあ豊池さんのことを気持ち悪いと感じたかと言われればそんなことはないだろうけど、私は黙ってノートに触っただけだ。虐めの事実を知っていても知っていなくても、その行動は変わらなかった、その行動が何かの意味を持つはずがない。

「……ノート拾った、だけですよ? 道でハンカチ落とした人がいたら拾うじゃないですか、それと同じ……」
「だーから。お前分かってねーな、本当に」

 分からずや、とでも言いたげに声を荒げているのに、なぜか蛍さんの口角は少し笑っていた。

「ノート拾う、そんだけのこともしてもらえなかったんだよ、うちの妹は。触ったもんは菌がついてる、汚れてる、呪われた、そんなヤツが物拾ってもらえるわけねーだろ。つか顔のニキビを上靴だの画鋲(がびょう)だので潰されるヤツにだーれが話しかけてくれんだ? って話だよ」

 想像さえしたことのない話だったせいで、一瞬何を言われているのか分からなかった。ただその言葉の意味を咀嚼(そしゃく)した途端にぞわりと背筋が震える。

「顔……、に、ですか……?」