パンパン、と蛍さんが手を叩いて、先輩達の視線は逸れた。
でも、そうだ。そのとおりだ。私が襲われたあの現場を見たのは雲雀くんだけで、先輩達が見たのは「深緋に雲雀くんと桜井くんが襲われている」状況だけだ。そして、黒烏の2人組は明らかにその状況で浮いている。
つまり、雲雀くんが「黒烏の2人が三国を襲ってたから痛めつけました」なんて言ってもそんなことは誰にも証明できなくて、逆に証明できる事実だけだと「雲雀くんが黒烏の2人を痛めつけた」ということにしかならない。
「連中いわく、黒烏の2人組が三国を襲った事実はねー。写真でもあれば別だがな、連中がなんもねーって言えばこっちが出せるもんはなんもねえ」
写真……。脳裏に、桜井くんが壊したSDカードのことが浮かぶ。桜井くんがSDカードを握り潰すような仕草をしたのははっきり見た。あれは壊れてしまった……壊れてしまったはず、だけれど……もし残っていたら……。
「挙句の果てにさあ、どこで聞いたか分かんないけど、連中が言い始めたのはこういう話なんだよね」
九十三先輩はシャツを羽織りながら、先輩にしては珍しく裏のありそうな怪しい笑みを浮かべた。
「『雲雀は永人のお気に入りの三国ちゃんとヤろうしてるところだった。それを黒烏の2人に見られたから口封じのために殴った』……永人の愛人の三国ちゃんはコッソリ雲雀と付き合ってるビッチ説ね。現に雲雀と三国ちゃんが付き合ってるから」
最早、何を言われているのか理解できなかった。つまり……つまり、あの夏祭りの時点で、私と雲雀くんは人目を憚ってそういう行為をしようとしていたと?
九十三先輩は「現に」なんて言ったけど間違ってる。むしろ、彼らが唱える説を採用するほうが矛盾する。|現に(・・)私と雲雀くんが付き合っている事実を公にできているということは、秘密にする必要がないということ。仮に雲雀くんが私を襲っていたとして、それを見られたとして、そこで口封じをする必要はないことになる。
責任逃れをしたいからこそ唱えているとしか思えない杜撰な理屈に、ぎゅっと膝の上で拳を握り締める。なんて下劣で、厚顔無恥。
ただ、現に証拠はない。いくら正しい論理を並べたって、いくら相手の論理が無茶苦茶だからって、そんな”正しいこと”は通用しない。声が大きく力が強いほうが勝つだけだ。論より証拠とはよく言ったものだ。
「あ、大丈夫だよー、三国ちゃん。俺らちゃんと三国ちゃんが襲われたの知ってるし」
本当は、九十三先輩だって“私が襲われた”かどうかは知らないのだ。雲雀くんが言うから信じてるだけ。それをここで「知ってる」なんて大声で言ってくれるのは、何も知らない先輩達にとっての証人を増やすための、九十三先輩のさり気ない優しい嘘だった。
「てか雲雀が三国ちゃん襲ってたら殺すし」
「そういう話じゃありませんけど、まあそんな俺は殺していいです」
「言質とったからな。手出すんじゃねえぞ」
「おい今は健全十一ヶ条はどうでもいい。話を戻すぞ、当然、俺らは雲雀を出さねーし、金も出さねー。お前も当然出す気ねーよな?」
「ないですね」
「よろしい。大人しく出すつってたら殴ってた」
バキボキと蛍さんは模試の疲れをほぐすように首を鳴らした。
でも、そうだ。そのとおりだ。私が襲われたあの現場を見たのは雲雀くんだけで、先輩達が見たのは「深緋に雲雀くんと桜井くんが襲われている」状況だけだ。そして、黒烏の2人組は明らかにその状況で浮いている。
つまり、雲雀くんが「黒烏の2人が三国を襲ってたから痛めつけました」なんて言ってもそんなことは誰にも証明できなくて、逆に証明できる事実だけだと「雲雀くんが黒烏の2人を痛めつけた」ということにしかならない。
「連中いわく、黒烏の2人組が三国を襲った事実はねー。写真でもあれば別だがな、連中がなんもねーって言えばこっちが出せるもんはなんもねえ」
写真……。脳裏に、桜井くんが壊したSDカードのことが浮かぶ。桜井くんがSDカードを握り潰すような仕草をしたのははっきり見た。あれは壊れてしまった……壊れてしまったはず、だけれど……もし残っていたら……。
「挙句の果てにさあ、どこで聞いたか分かんないけど、連中が言い始めたのはこういう話なんだよね」
九十三先輩はシャツを羽織りながら、先輩にしては珍しく裏のありそうな怪しい笑みを浮かべた。
「『雲雀は永人のお気に入りの三国ちゃんとヤろうしてるところだった。それを黒烏の2人に見られたから口封じのために殴った』……永人の愛人の三国ちゃんはコッソリ雲雀と付き合ってるビッチ説ね。現に雲雀と三国ちゃんが付き合ってるから」
最早、何を言われているのか理解できなかった。つまり……つまり、あの夏祭りの時点で、私と雲雀くんは人目を憚ってそういう行為をしようとしていたと?
九十三先輩は「現に」なんて言ったけど間違ってる。むしろ、彼らが唱える説を採用するほうが矛盾する。|現に(・・)私と雲雀くんが付き合っている事実を公にできているということは、秘密にする必要がないということ。仮に雲雀くんが私を襲っていたとして、それを見られたとして、そこで口封じをする必要はないことになる。
責任逃れをしたいからこそ唱えているとしか思えない杜撰な理屈に、ぎゅっと膝の上で拳を握り締める。なんて下劣で、厚顔無恥。
ただ、現に証拠はない。いくら正しい論理を並べたって、いくら相手の論理が無茶苦茶だからって、そんな”正しいこと”は通用しない。声が大きく力が強いほうが勝つだけだ。論より証拠とはよく言ったものだ。
「あ、大丈夫だよー、三国ちゃん。俺らちゃんと三国ちゃんが襲われたの知ってるし」
本当は、九十三先輩だって“私が襲われた”かどうかは知らないのだ。雲雀くんが言うから信じてるだけ。それをここで「知ってる」なんて大声で言ってくれるのは、何も知らない先輩達にとっての証人を増やすための、九十三先輩のさり気ない優しい嘘だった。
「てか雲雀が三国ちゃん襲ってたら殺すし」
「そういう話じゃありませんけど、まあそんな俺は殺していいです」
「言質とったからな。手出すんじゃねえぞ」
「おい今は健全十一ヶ条はどうでもいい。話を戻すぞ、当然、俺らは雲雀を出さねーし、金も出さねー。お前も当然出す気ねーよな?」
「ないですね」
「よろしい。大人しく出すつってたら殴ってた」
バキボキと蛍さんは模試の疲れをほぐすように首を鳴らした。



