「……殺してやりたいって思ったんだよな」

 ……拾い上げた紙パックを手放そうと頭で考えるより先に、背中から聞こえたその言葉に反応して手から力が抜けた。カラン、と空の紙パックが虚しくゴミ箱の中に落ちる。

「……三国が犯されそうになってたって分かった瞬間、目の前が真っ赤になった。冗談抜きで、殺してやりたいって思ったよ。……最後まで手出されてたら殺してたかもしれない。正直、三国に触ってたヤツの腕を折るまで、自分が何してたか覚えてない。三国がどこまでどうなってるか確認しようとして、三国を見て我に返ったからあれで済んだけど」

 まるで当時の殺意が今でも鮮明であるかのような口ぶりに、おそるおそる振り向いた。でも、逆に、振り返ることができていることに裏打ちされているとおり、その目に浮かんでいる感情は冷静そのものだった。

「……人一倍共感力が高いとか、そういうのは俺にはない。こう言っちゃなんだけど、池田が同じ目に遭ってたときに相手を殺すかって言われたらそこまでブチ切れやしない。もっと冷静に、その場から逃がすのが先決だって判断できる」

 でも三国はそうじゃなかった……──その呟きが聞こえてしまったのは、雲雀くんにとって予定通りだったのか、そうでなかったのか、そこまでは分からなかった。

 ただ雲雀くんはそれきり閉口してしまって、ややあってゆっくりと立ち上がり、教室へと足を向ける。

「……話戻るけど、昴夜にはお試し期間って言ってるから」
「え?」

 急に話が戻った驚きとまるで期待を裏切られたかのようなショックで目を見開いてしまったし、素っ頓狂な声も出た。きっと雲雀くんも私がそこまで反応するとは思っていなかったのだろう、振り向きながら見開いた目をぱちくりと(またた)かせた。

「……言っちゃ、マズかったか?」
「……マズイとか……そういうことではないけど……」

 桜井くんは私と雲雀くんが付き合ってる現状について、お試し期間だと思っている。

 ……それで? それによって一体何の不都合があるのか、疑問を呈しながらも分からなかった。ただなんとなく、桜井くんにはそれを知られたくなかった。

 お試し期間だと分かっている桜井くんはどうする。どう……、どうするのだろう。一体どうする。分かっていない場合と何が違う。……何も分からなくて頭がパニックになった。

「……それ……だと……例えば胡桃に喋っちゃうとかそういうことは」
「……口留めしたし、アイツあれでも口堅いから大丈夫だろ」

 桜井くんは意外とボロボロ私に雲雀くんの秘密を話していたような……。それこそ、雲雀くんが告白したことだって雲雀くんは桜井くんに口留めしたくせに、桜井くんはあっさりと私にバラしてしまっているわけだし……。

「……私の行動って雲雀くんを通じて筒抜けに……なる……?」
「なんねーよ、俺だっていちいち話したくねーよ」

 辛うじて、桜井くんに言ってほしくなかった理由をそれらしく並べてみた。でも我ながら釈然としなかった。

「……来週、誕生日だろ」

 ……それが、なにか? 雲雀くんが告げる理由も、納得できるような分かりやすいものではなかった。

「……俺と三国が普通に付き合ってたら気使って祝わなくていいとか言いそうだろ」

 ……言うかな。言うかもしれないな。

 でも、それで? それに何か問題があるのだろうか。いや、問題がないというのは冷たい言い方かもしれないけれど、雲雀くんは何にそんなに拘っているのだろう。桜井くんが私と雲雀くんに気を使うことがどういう意味を──……。