「嘘は吐けない性分なんで」
「お前三国ちゃんにキスしてみろ。芳喜がお前にレモン味を上書きするからな」
「自分で上書きしてくださいよ」
「俺は三国ちゃんに上書きするから」
「アンタの発言のほうがよっぽど不純でしょ」

 担任の先生はゴホンゴホンとわざとらしい咳払いをして「じゃあ……そういうことなので、くれぐれも気を付けて……」と曖昧な口調で解放してくれた。主に九十三先輩が横から引っ掻き回したせいで、もはや先生達が出る幕などなくなってしまったので、ある意味先輩達のお陰かもしれない。ただ、職員室を出たところで、九十三先輩に「よかったな、『群青における健全なる異性交遊に関する十一ヶ条』作っといて!」なんて恩を着せられると、やっぱり先輩のお陰なんかじゃないなんて気持ちになってくる。

「っていうか、学校で何もしてないのに呼び出されるなんて、雲雀くんどんだけ信用ないの?」
「全く心当たりがありませんね。俺の学校生活には信用しかないんで」
「笹部殴っといてよく言うよ。あれ、お前どこ行くの」

 職員室を出た後、雲雀くんは私達と真逆に足を向けた。相変わらず不愛想に「自販機行くんで」と振り向きもせずに答える。

 ……こういう場合、彼女は一緒に買いに行くものなのだろうか。でも雲雀くんは何も言わないし、ただこれだけイジメられて雲雀くんが私に声をかけるはずがないし……。

 と迷った刹那(せつな)、能勢さんからポンッと軽く背中を叩かれた。

「雲雀くんいじめすぎちゃった。三国ちゃん、一緒に行ってあげな」
「え……」
「先輩が許可する。自販機はセーフ」

 九十三先輩からも背中を叩かれ、先輩達の顔を見比べる。自分がどんな顔をしているかわからなかったけど、能勢さんが「大丈夫」とコソッと耳打ちした。

「雲雀くん、怒ってるわけじゃなさそうだから。三国ちゃんが平気なら平気だと思うよ」

 私が平気なら……とは、私がイジりを気にしてないならという意味か、私が雲雀くんの傍に行くのを気にしないならという意味か、どちらだろう。分からなかったけれど、少なくとも両方とも気にしていないので、能勢さんのいう条件は満たしていた。

「じゃ……じゃあ、すみません、私も……」
「間接チューは禁止な」
「……それはもうしました」
「俺の代わりに一発殴れ。許す」

 そういえば夏祭りにそんなこともあった、と思い出して、ついでにそんなことを言われると食べにくいだの気持ち悪いと思われるだの陽菜と桜井くんが喚いていたことを思い出して笑ってしまった。

 自動販売機のあるところまで行くと、雲雀くんは古いタイプの自動販売機のボタンを押しているところで、気配で気付いたらしく、私が近づくより先に振り向いた。大抵の人は部活の時間であたりには誰もいなくて、ウィーン、という自動販売機の音と、音に近い遠くの部活の掛け声だけが聞こえていた。

「……九十三先輩たち、自販機前はふたりきりセーフだって言うから」
「……あ、そ」

 眉尻を下げ、肩を竦めてみせる。確かに怒ってはいないようだ。雲雀くんは上体を屈めてミルクバニラの紙パックを取り出す。

「……なんか飲むの、三国」
「……私もミルクバニラ」
「ん」

 ひょいっとその手から紙パックを放られて慌ててキャッチした。これは雲雀くんが買ったものでは、なんて口にする前に、雲雀くんはもう次の小銭を自動販売機に入れている。

「え、えーっと……あ、教室戻ったら返す……」
「いいよ、俺が来たから来たんだろ。たかだか80円だし」
「……でも(ちり)も積もれば」