ガラガラ、ピシャッ、ガチャンと雲雀くんが窓と鍵を閉めた。シルエットだけ残った中津くんが「え! ちょっと! まだお祝いの途中なんですけど!」と窓を叩くのに対し「うるせえ」雲雀くんが低い声と強い拳で一度窓を叩いた。中津くんが静かになってすごすごと6組へ戻って行ったのがシルエットで分かった。

 そんな朝の騒動が終わった後、昼休みには「英凜ーっ!」と案の定胡桃が満面の笑みで飛び込んできて、勢いよく私の手を両手で握った。

「もう……噂聞いたときはまたただの噂かと思ったんだけどおめでとう! 今度は本当に侑生と付き合ったんだってね!」
「あ……うん……そうだね……」
「侑生もおめでとう! もーね、ぜーったい侑生は英凜のこと好きなんだって思ってた! 分かってた!」

 雲雀くんの地雷を無理矢理掘り起こして公衆の面前に晒上げて踏み抜くがごとくのセリフに、ぶわっと全身から脂汗(あぶらあせ)が噴き出た。この胡桃に対して雲雀くんがどう反応するか、気が気じゃない。現に雲雀くんの眉間の皺はかつてないほどに深い。

「……お前昼飯食いに行けば?」

 でも雲雀くんは理性的だった。本当に、海の一件が嘘じゃないかと思えるほどだ。もしかしたら雲雀くんは胡桃耐性が強いのかもしれない。

「そんな照れないでもいいじゃん、もう付き合ったんだし。え、っていうか噂だと侑生が告白したんでしょ? なんて言ったの?」
「それお前に関係あんの?」

 ……胡桃耐性は、ないのかもしれない。

「ないよねー、分かった分かった」でも胡桃は存外気に病んだ様子もなく「とにかくあたしは侑生と英凜におめでとうが言いたかった。本当に嬉しい。おめでとう。今後も末永く仲良くしてほしい。はーっ幸せお裾分(すそわ)けしてもらっちゃった! それだけ!」

 何も分けてない……。呆然としている私の手をもう一度勢いよく振って、胡桃は教室を出て行った。雲雀くんの胡桃耐性(しかも今日はかなりストレートに胡桃への拒絶反応を示している)に全神経が集中してしまっていたせいで、胡桃のセリフはいつも以上に頭に入ってこなかった。でも後ろの席の雲雀くんは(非常に不機嫌そうな顔であるとはいえ)今すぐ爆発しそうなほどの怒りは見せていなかったので安心した。

「……どいつもこいつも、そんなに楽しいか?」
「1から10まで他人事でみんなに利害関係ないのにね。あ、でも雲雀くんのことはみんなに利害関係あるのかな……一方的とはいえ……」
「いやフツーに他人の恋愛も面白いだろ。英凜だけだよ、そんだけ興味ないの」
「でもだって私には関係ないし……」
「お前本当にそういうところだぞ。な、桜井!」

 陽菜の声で、桜井くんはやっと顔を上げる。いわく、桜井くんは数独にはまってしまったらしい。今も、授業間の休みも、なんなら授業中までも黙々と携帯電話で数独をして遊んでいる。

「あー……っとなんだっけ」
「他人の恋愛に興味ないのは英凜だけだろって話」
「俺も別にどうでもいいよ」
「まあ男子はな」
「それは男女差別だよ」私は口を尖らせたけれど、陽菜は「いやお前がおかしいだけ」と聞く耳を持たない。

「てか英凜が超優等生で侑生が頭おかしい恰好してるから色々言われるんじゃん。侑生、髪染め直したら?」
「なんで他人の恋愛沙汰を騒ぎ立てるバカのせいで俺が髪を染め直さないといけないんだよ」