「無理とかじゃねーよ手を出すんじゃねーよ。今ここで血判状(けっぱんじょう)作れ」

 いつの間にか桜井くんが一人でお肉を焼いて食べていることに気が付き、私もそっとお箸を持ち直した。もう最大の危難が顕在化(けんざいか)した後だと考えれば、この先怖いものはない。今からは何を聞かれても大丈夫だ。

「なー、なんて言ったの? なんて言ってこのカタブツ三国ちゃん口説いたの?」
「さあ……」
「おい桜井、お前知ってんだろ、早く吐け」
「俺は知らない、何も知らない。侑生が告ったってこと以外何も知らなイッテ! それはいいじゃん!」
「まあ告白は男からするべきだよね」
「えー、俺告白されてみたい」
「乙女かよ、キモチワル」
「されてみたくない? 好きな子がさあ、顔真っ赤にしてんの可愛いじゃん」
「それは別の場面でも見れるから告白じゃなくてもいいでしょ」
「はーい三国ちゃんの前でやらしー話ししないでくださーい。てかお前に好きな子とかいんの?」
「さあ?」
「てか、三国ちゃんは芳喜が好きなんだと思ってたけどなー。いいの、雲雀みたいな女顔のヤツで」
「……男女の美形っていずれも中性的な顔立ちをしているものらしいですよ」
「なに? どういう意味?」
「雲雀くんの顔をイケメンだと思ってるって話ですよ」
「……三国ちゃんキライ。(ひそ)かに好きだったのに」

 さめざめと泣くフリをされても、九十三先輩のガタイにあまりにも似合わない副詞だった。

「ていうか、桜井くんは三国ちゃんと雲雀くんが付き合った件についてどう思ってるの?」

 …………そして、能勢さんは間違いなく確信的にその爆弾を投下した。ニコニコなんて聞こえてきそうな柔和な笑みが悪魔の笑みに見えた。やっぱりこの人には裏がある。そう確信できる発言だった。

 体育祭の日の放課後、挙動不審な私と雲雀くんが“それにまつわるなにか”を話したなんて、教室に戻った桜井くんには一目瞭然だった。元から隠す気はなかったとはいえ、私の口から桜井くんに一体何をどう説明すればいいのかと頭を悩ませていたのも束の間、雲雀くんが「明日全部説明するから」と言い放ってくれたお陰で事なきを得た。その結果、今日、お店に着く前に会った桜井くんは「色々全部把握した」と私に向かって親指を立ててみせた。

 で? という話だ。ドックドックと、私の心臓は口から飛び出そうな勢いで鼓動し始めた。雲雀くんが桜井くんにどうやって説明したのか、私は何も聞いていない。だから桜井くんがどう思っているのかも考えようがない。

「……どうって。侑生が束縛強かったら英凜可哀想だなーって思ってる」

 もぐもぐとお肉を食べながら、桜井くんはいつもどおり表情を変えず、例えばその表情の温度感は「明日雨降ったらやだなーって思ってる」なんてものと大差ない。

 一体、雲雀くんからどう説明を受けたんだ……。悶々とする私の前では「そんだけぇ? お前雲雀と三国ちゃんが付き合う意味分かってんの? 精神年齢小学生か?」当然九十三先輩がしかめっ面をした。でもちょっとだけ意地悪そうに口角は上がっている。

「雲雀と三国ちゃんがあんなことやこんなことしてもいいのかな?」
「侑生は意外とピュアだから手出さないに一票(いっぴょー)
「絶ッ対ない。お前本当に高校1年生か? いいか三国ちゃん、絶対に雲雀の部屋に入るな。特にベッドに近付くな」
「つか家に行くな。親がいないって言われたら帰れ」
「『群青の健全なる異性交遊に関する三箇条』にデート禁止加えよ」