「で、でも、リレーのときの九十三先輩は恰好良いなと思いました、黙ってれば恰好いい人なんだなって!」
「だから悪口だろ」

 眉間に皺を寄せながら九十三先輩は口にお肉を放り込む。その様子を見ていて、私が3口にわけて食べるものを先輩達は1口で食べるのだと思い知った。単純計算で3倍速だ。どおりで私にはお肉が消えるように見えるはず。

「俺は? 俺もリレー走ってたじゃん?」

 もぐもぐとお肉を食べる桜井くんが雲雀くんの横からひょいと顔を出した。日に焼けてその鼻の頭は少し赤くなっている。

 そんな間抜けな顔を見ると、脳裏に刻み込んだリレーの雄姿なんて、夢幻のように掻き消えてしまいそうになる。

「……ほら、犬って走るの速いし」
「犬!」
「お前金髪だしな。ワンコだワンコ」
「金髪なんていくらでもいるじゃーん。てかリレー走ったらラブレター貰えんの? 俺貰ってないんだけど」
「帰ったら制服のポケット見てみな。マジ危ねえ、気付かないで洗濯機突っ込んだら悲劇だぜ」

 それはなんとも迷惑な話だ。というか、九十三先輩が意外と小忠実(こまめ)なことを知った。ちゃんと洗濯機に入れる前にポケットを確認するらしい。

「んー、俺も見てるんだけどなー。なかったなー」
「雲雀とか入ってんじゃねーの? お前モテんだろ、知らねーけど」

 ……心配していた会話の流れがやってきた。警戒していたとはいえ、つい一瞬、箸を止めてしまった。気付かれないように慌てて動かし、なんなら口をお肉で(ふさ)いで、口を挟まない口実を作る。

「俺は見つけたら即捨ててるんで」

 捨てるんだ……。

「捨てんの!? なんで!?」
「急に誰もいないところに呼び出されるとか、リンチされたらどうすんですか?」

 そうか……雲雀くん達にはそういう可能性もあるのか……。ラブレターに見せかけた果たし状という……。

「まあなくはないか……」
「そういえばありましたよね、俺がラブレターにつられてほいほい行ったらリンチだった話」
「あったんですか……!?」

 お肉は飲み込んでしまったし、結構本気で恐怖体験に聞こえたせいでつい口を出してしまった。でも能勢さんはしれっと「あったよ。俺、ラブレター貰うこといくらでもあるし、(まぎ)れ込まされたら全然気付かないって」「自慢挟んでんじゃねーよテメェのタンを焼くぞ」……やっぱり恐怖体験だ。

「それどうなったんですか……?」
「野次馬してた九十三先輩達が出てきてデッドエンド」

 ……能勢さんをリンチしようとしていた人達にとって本当に文字通りDEAD ENDだった。可哀想に。人を呪わば穴二つ……とは違う、策を(ろう)しているときほど策に(はま)りやすい……というのも違う、塞翁(さいおう)が馬、これだ。

「んじゃ俺らが野次馬やってやるから、お前も行けよ」
「イヤですよ。告白だったらただの(さら)し者じゃないですか」
「いいじゃん、俺ら楽しいんだから」
「一体何のボランティア精神でそんなことを」
「でも告白だったらどうすんの? 女の子待ちぼうけで可哀想じゃない?」
「どうせ断るんだから行っても行かないでも同じ」
「えー、分かんないじゃん、めっちゃ可愛い子かもしれないじゃん。てか雲雀ってどんな子が好みなんだっけ?」

 ……無言でお肉を口に運ぶ羽目になった。雲雀くんも回答に(きゅう)したらしく無言だった。その隣の桜井くんもフォローに困ったらしく無言だ。それを見た先輩達も無言になった。結果、焼肉開始1時間にして初の沈黙が生じた。