「で、も、これどうするの、っていうかいつもどうしてるの」
「いやいつもこんなだよ、勝てば逃げられるし、負ければそこでおしまい。まー、侑生と昴夜が負けるってことは基本ないけど、この人数だし、三国いるしな……」
荒神くんの背中から黒鴉の人達の位置を確認する。4人は砂浜に降りてきたけど、二人は上の歩道にいるままだ。彼らが歩道に残っている以上、砂浜を海岸線沿いに逃げたってすぐに捕まる。そして私達の後ろは海。川に背を向けるより一層後退を許さない最悪の布陣だ。大体、この人数相手に緊張感がないはずがない。背水の陣なんてまったくもって不要だ。
そんなことを考えているうちに、桜井くんの飛び膝蹴りがゴリラ(雲雀くんもゴリラ呼ばわりしていたし、もうゴリラでいい)とは別の一人に炸裂した。それを見てほっと一息――つく間もなく、今度は雲雀くんがこっちに向かってすっ飛んできた。砂の上だというのに、ドンッと鈍い音と共に雲雀くんが転がり、私達からほんの一メートルかそこら先で咳き込む。私が駆け寄ってしまうと思ったのか、荒神くんには腕で背後に留められた。
「あららぁ、雲雀くん、砂も滴るいい男ってか?」
もともと海水に濡れていたせいもあって、雲雀くんは砂まみれだった。辛うじて砂がくっついていないマウンテンパーカーで顔を拭いながら「うるせー」と小さく毒づく。でもダメージが残っているのか、起き上がらずに膝をついたままだ。
おそらく雲雀くんをぶっ飛ばした黒鴉の人が「いやぁ、マジ綺麗な顔してんね、男なのがざーんねん」なんてからかいを口にし、頬を軽く手の甲で拭いながら歩み寄ってくる。
「うちの春日さんがさあ、中学ンときから雲雀くんに目つけてたんだってさ。黒鴉に来たら可愛がってやるって――」
その顔に向けて、雲雀くんが手に握りしめていた砂を放つ。
「イッテ――」
目さえ潰せば隙だらけ、そう聞こえてきそうなほど鮮やかに素早く、雲雀くんの膝は相手の鳩尾に容赦のない一発を食わせる。その人が蹲りながらなにかを呟けば(多分、やり方が汚いかとかなんとかだったと思う)、雲雀くんが更にその横面を蹴り飛ばした。
「だったら五人も六人も連れてくんじゃねーよ、クソ。おい舜!」
「なんだよ!」
振り向いた雲雀くんはこちらに向かって怒鳴るので、荒神くんの後ろで私が身を竦ませてしまった。
「んなとこで木偶やってねーで三国連れて逃げろ! バカかテメェは!」
「逃げられたら逃げてるからね? 逃げらんねーからここにいんだよ!」
「使えねーなマジで!」
そんな雲雀くんの隣に、今度は桜井くんが転がってきた。桜井くんの綺麗な金髪も砂まみれだったけれど「うぇー、ぺっぺ」なんて余裕ありげに起き上がる。
「おい、お前がこっち来てどうすんだ」
「こっち来ないとどうしようもなくて。だって見てみ、ご新規さん来たぜ」
「うげぇ」
呻いたのは荒神くんだ。でも私だって呻きたかった、だって歩道には「あれぇ、桜井くんじゃん」なんて楽しそうな声を発する二人組がいるのだから。歩道に残っていた二人と何か話しているし、十中十、黒鴉の仲間だ。
「……残り六人ってところだな。三人ずつやれるか?」
「いや無理じゃね? つか普段ならいけるけど、砂浜ってマジで足場悪いし、あっちこっち隙だらけだし、三国守んなきゃだし、冷静に考えて無理」
「はーい、俺も守ってくださーい」
「お前は盾になってろボケ」
当然のように荒神くんは参戦しないし、二人もその前提だしで、おそるおそる背中から荒神くんを見上げた。荒神くんはこんな時まで「三国、意外と可愛い角度分かってんじゃーん」なんてふざけるので雲雀くんの後ろ脚に蹴られた。
「……あの、荒神くん……その、なんの力にもなれない私が言うのもなんだけど、こう、なにか二人の助けは……」
「無理無理。いや全く無理とは言わないけど、俺はあの二人と違って一対一が限界。三国守りながらとか無理」
三本目の矢を打ち込めばどうにかなるのではと思ったら、どうやら桜井くんと雲雀くんが規格外らしい。なんなら荒神くんは「それに」と真剣な顔で続けた。
「俺は女の子と仲良くする担当だから、そもそもどっちかいうと弱め。喧嘩とか野蛮なことはアイツらにお任せ」
「そんなこと言ってる場合じゃないじゃん!」
それどころか、私と荒神くんはセットで守られる対象らしい。お陰で柄にもなく声を張り上げてしまった。
「どうすんの!? これ絶対絶命じゃん!? 埋まってる人を差し引いたって残り4人、あそこのバイクの二人も合わせて六人! 砂浜なんてただでさえ満足に走れないし、それなのに狙いすましたみたいに歩道で二人待ち受けてるし、なんならバイクがいるし! もう冗談じゃなく泳いで逃げなきゃいけなくなるじゃん!」
「三国、めっちゃ喋るじゃん」
「真面目に言ってるんだよ私は!」
桜井くんの丸い目がますます丸くなったし、雲雀くんでさえ眉を吊り上げたけど、本当に私は真面目に叫んでいるのだ。いや、泳いで逃げる手段はとりたくないけれど。
「余裕そうだねぇ、おふたりさん」
ゴリラがニタニタ笑いながら煙草に火をつける。まさしく、ゴリラこそ余裕そうだった。
「さっきも言ったけどさあ、別にお前らに喧嘩売りに来たわけじゃないんだワ。黒鴉に入らないかって誘いに来たんだけど、どう?」
蛍さんと同じ、チームへの誘い。本当にこの二人ってモテるんだな……と緊張感のないことを考えてしまっていると、それが伝わったのか、桜井くんも緊張感のないいつもの表情で「やー、無理無理」と手を振る。
「だっておたくのリーダー、春日さんだっけ? 手出すのに男も女も関係ねえっつー話じゃん? そんな春日さんの下なんかに入ったら侑生のケ──イッテェ!!」
一体なにを言いかけたのか、桜井くんは雲雀くんの回し蹴りを食らった。間違いなく、悪ふざけではなく本気の蹴りだった。現に桜井くんはべしゃっと湿った砂浜に転がり、その金髪が泥まみれになる。なんなら脇腹を押さえて悶絶していて、今までになくダメージを受けているように見えた。
「お前本気で蹴ったろ!?」
「当たり前だろ」
「俺は心配してやったのに!」
「なんの心配だつってんだよ」
「わっギャッやめろやめろ」
続けてその肩も足蹴にされる。雲雀くんの足も当然砂と泥まみれなので桜井くんがどんどん汚れていく。そんなことしてる場合じゃなくない? なんて内心ハラハラしているけれどさすがに、口には出せない。
この隙になにかされるんじゃないか……とそっとゴリラを見たけど、特に手を出す様子もなく煙草をふかしていた。その意味では安心できたけれど、砂に埋もれていた仲間達が起き上がっているのも見れば、緊張は解けない。
「桜井、雲雀ィ。イチャついてねーで、今ここで返事しな」
ふー、と煙を吐き、ゴリラの手に挟まれた煙草の先が私と荒神くんに向けられる。ジリ、と煙草の燃える音とともに、砂時計の砂のように灰が落ちる。
「そんなこと言われましても。楽しく遊んでるところにくる空気読めないヤツなんて嫌いだし」
不意に、心の臓が冷えた。
「しゃーないな、春日さんからの伝言だ。断ったら――」



