……いや、大丈夫だ。あの日の写真は桜井くんが壊してくれた。誰か別の先輩だったら、壊したふりをしただけだったかもしれないけれど、桜井くんだ。信用していい。そっと、胸を押さえる。

 だから今は、目の前のことだ。特別科の中で出回っている写真が何を意味するか。私が群青の争いに巻き込まれて襲われそうになったところに雲雀くんが助けにきて、情緒不安定な私は雲雀くんに泣きつき、雲雀くんはそんな私を慰めてくれていました――なんてことを、雲雀くんが赤裸々に軽率に笹部くんに口走るわけがない。私が説明するしかない。

「私が――」
「三国のばあちゃんが事故ったって聞いて三国が不安がってたから慰めてた。ちょうど花火の時間で、参道だと電話の声も聞こえなかったから、人いないところに行ってたんだよ」

 私の言葉尻に被せて、雲雀くんがあまりにも平然と嘘を口走った。想定外の答えに笹部くんが、咄嗟(とっさ)の嘘に私がびっくりする間で、雲雀くんは「よく聞いたらチャリが掠ったってだけだったから安心しろよな」とどこか皮肉げな口調で続ける。

「たったそんだけの写真をあげつらって付き合ってるだのなんだの言いふらしたことになるけど、お前、なんか三国に言うことねーの?」

 ぱくぱくと笹部くんの口が間抜けに開閉する。その目はそのままうろうろと彷徨(さまよ)い、どう言い訳するか考えていることが分かる。

 笹部くんには申し訳ないけれど、雲雀くんのファインプレーだった。別に、構わないといえば構わないのだけれど、そんなことは他人に知られないに越したことはない。そのお陰か、ドクリドクリとうるさく鼓動していた心臓は、ゆっくりと平常運転に戻り始めていた。

「……でも桜井と池田いねーじゃん、おかしいだろ」
「アイツら、休憩所出てからはぐれてるから」
「つか……、慰めるだけで抱き合うとかおかしくね。付き合ってもない女子抱きしめるかよ、普通」
「おかしくねーよ。童貞くんには分かんねーかもな」

 笹部くんの頬は、日焼けして真っ黒でも分かるくらい赤くなった。雲雀くんが何を言ったのか分からなかったけれど、それが笹部くんにとって侮辱(ぶじょく)的な、なにか恥辱(ちじょく)的な言葉だったのは間違いなかった。

 その笹部くんと、目が合った。その口が、忌々(いまいま)し気に|歪(ゆが)む。

「……そうやって付き合ってもないのに抱き着いて、また思わせぶりなことしてんだろ」
「は?」

 私の胸に言葉のナイフが突き刺さったのと、雲雀くんが剣呑(けんのん)な声を上げたのは同時だった。

「楽しそうに喋るとか、相手の好きなものやたら覚えてるとか、デートするとか、好きでもない男子に向かって平気でそういうことするんだよ、三国は。それで相手がどういう気持ちになるか、考えもしないでさ」

 ……それは、もう、写真の私と雲雀くんの話ではなかった。

 私が笹部くんをふった後、陽菜たちから言われたことだ。あんなにいつも楽しそうに喋ってたのにどうして、スポーツ観戦は興味がないって言ってるのに笹部くんが好きなチームとかはよく覚えてたのだって好きだったからじゃないの、2人でデートだってしてたでしょ、それで振るなんて有り得ない、みんながみんな口を揃えた。私はただ上手くコミュニケーションをとることに必死だっただけなのに。