ぼくらは群青を探している

 箒の()に両手と(あご)を乗せた雲雀くんがボソッと悪態をついたので、ツッコミのつもりでその腰を叩いた。笹部くんの隣の女の子が「笹部、特別科に知り合いなんているの?」「ほら、女子のほうがあの三国だから。中学同じ」「あー、噂の三国さんか」と頷いて私を見る。

 代表挨拶をしたくせに普通科、そのくせ群青のメンバー、当然のように桜井くんと雲雀くんの仲良し。なんなら、美人局の一件なんて、私が他校生相手に「少年院行きたくなかったら群青に手を出すな」と息巻いたことになっていたとしてもおかしくない。最近心当たりがどんどん増えてきたせいでどの噂なのか見当もつかなかった。同時に(かえり)みれば顧みるほど自分の所業が心配になってきた。もしかして私、入学して以降、とんでもないことに片足どころか両足を突っ込んでいるのではないだろうか……。

 今まで自分の噂に気付いたことなんてなかったけれど、有り得る噂を考えるだけで気分が暗くなってきた。1年生の9月でこの有様なんて、我ながら先が思いやられる。

「ああ、まあ、それはさ、噂だし」

 ただ、その妙にどもった笹部くんの返事には首を捻った。心当たりのある噂の中に、笹部くんが私を擁護(ようご)するものは思い当たらない。

「それ、なんの噂?」

 こういうとき、雲雀くんの存在は心強い。私だったら首を傾げるだけで何も聞けない。ただ、ぶっきらぼうな声には威圧感があって、相手が屈服(くっぷく)して口を開いてしまう可能性と同じくらい、畏縮(いしゅく)して喋らなくなる効果を生む可能性がある。

 笹部くんと女の子は目を泳がせた。でも女の子がすぐに「いや、ほら、三国さんって東中のときからすごい頭いいって言われてたのに、普通科だから、意外だなって話」と口走った。

「は? 嘘ついてんじゃねーよ、お前らが言ったの、そういう話じゃねーだろ」

 そんな噂なら気まずい反応をする必要はないし、「噂だし」とあたかも信じるに値しないような否定をする必要はない、したがって嘘。あまりに単純明快な嘘だった。お陰で雲雀くんの声は剣呑(けんのん)さを()びたし、女の子は首を(すく)ませた。

「笹部、お前、もしかしてまだ夏祭りと同じこと言ってんの?」
「夏祭りと同じってなんだよ」
「昴夜が三国と付き合ってんじゃねーのかって話だよ。別に相手が俺でも昴夜でも、お前にはどうでもいいんだろうけど」

 ああ、例によってその話ね……。笹部くんのその認識の甘さ通り越して誤りには、最早耳を傾ける価値すらない。雲雀くんはの声は少し苛立っているけれど、苛立つだけ無駄というものだ。

「別に、そんな追及することないんじゃない。雲雀くん、掃除戻ろ」

 風紀検査が終わった瞬間にはみ出しているシャツを軽く引っ張れば、雲雀くんは舌打ち混じりに(きびす)を返し「別に俺が言ってんじゃねえし……」「は?」――たけれど、笹部くんの小さな呟きに苛立ち通り越して怒り混じりの返事をしながら振り向いた。

「お前今なんて?」
「雲雀くん、そんな相手にしないで……」
「いや俺が言ってんじゃなくて、そういう噂があるって話で……」
「んじゃお前は誰から聞いたんだよ」

 そして私が(いさ)めるのも聞かず、笹部くんの胸座(むなぐら)を掴むときた。笹部くんはヒッと息を呑んだし、私だってギョッと目を()いた。

「ひ、雲雀くん、そこまでしなくても! 私はそんなに気にしてないし! いや桜井くんと雲雀くんにはいい迷惑かもしれないけど……」