羨ましい……。そうか、雲雀くんは羨ましかったのか……。両親の仲が良いから、父親を純粋に尊敬しているから、名前に一字貰っていることが誇らしいから。
 ……雲雀くんは、本当はお父さんを尊敬したいのだろうか。

「だからそれはもう終わった話だ。英凜ちゃん伝いとはいえ2回も謝られる必要はない」
「……そう。それなら雲雀くんにもそう言っとくよ」
「来年来たらまた遊んでくれると言っていた」
「そうだね」珍しく舌足らずで小学1年生らしい喋り方をする駿くんに相槌(あいづち)を打ちながら「でも九十三先輩達は来年は卒業してるのか……」
「……じゃあ来週来る」
「来週はお父さんの実家に帰るでしょ」
「……再来週」
「お盆過ぎるとイラが出るよ」
「イラ?」
「ちっちゃいクラゲのこと。お盆過ぎてから海に入ったら刺されるよ」

 うーむ、と駿くんは考え込んだ。そうなるともう今年の夏は海に入れそうにない、でも来年になると遊んでくれた先輩がいない、なんて悩んでいるのだろう。そもそも、駿くんの家は横浜なのだから、ひょいと来れるような距離ではないのに。

「でも、先輩達も卒業してから帰ってくるかもしれないから。その時に呼ぶね」
「そうしてくれ」

 たった半日で、あの先輩達は随分(ずいぶん)この子を懐かせてしまったらしい。従兄弟のお兄ちゃんと京くんにさえ懐かないのに。浴槽(よくそう)(ふち)に腕と顎を載せながら、ちょっとだけ、安らぎと嬉しさが混ざったような気持ちになった。

「英凜ちゃんは、卒業は?」
「再来年のその次の年だから、まだまだずっと先」
「じゃああと2年は海に行けるな」
「そうだね」

 まだまだ、ずっと先。卒業なんて、ずっと先だ。
 だから、|猶予(・・)は、まだまだ長い。そう言い訳をしながら、ゆっくりと目を伏せた。