「……三国、お前男兄弟いんの」
「え、あ、うん。兄が一人」
「……ふーん」
「んじゃ舜の体見ても欲情しねーな」
「そういう話か?」
男兄弟がいないせいで見慣れないから直視できないとかならまだしも、同級生男子の体を見て欲情するのはどうなのか。ツッコミどころはあったけれど、雲雀くんが短く突っ込んでくれたので何も言わずに済んだ。
そんな私達の間に、ポンッとビーチボールが放り込まれる。視線を向ければ、荒神くんがザブザブと海の中を掻き分けるようにして戻ってきながら「あーっ、つめてーっ!」と身震いした。
「マジ死んじゃう、無理、寒い!」
「そんな寒くねーだろ」
「じゃあ入ってみろよ! あー寒い、三国暖めて」
「舜のそれはレイプと同じだから」
「人聞き悪いこと言うなよ! 三国に誤解されたらどーすんの!」
戻ってきた荒神くんのズボンはぐっしょり濡れていて、砂浜に上がると「うわっめっちゃ汚れた」なんて足をあげてこれ以上汚れまいとしつつ、でもそんなことは到底無理で、ただただ砂に塗れていく。桜井くんがそれを指差して「きたねー」と笑っていると、荒神くんはおもむろに桜井くんに飛び掛かった。
「ギャッ! なんだよやめろ! 侑生助けて!」
そして私達が静観する中、じたばたともがくも甲斐なく、桜井くんは荒神くんに引きずられるようにして海へと落とされた。
ザブンッと威勢のいい音と共に、桜井くんは背中から海の中に落ちた。荒神くんの「へっへっへ」という怪しい笑い声と「うぇっ、げほっ、鼻に水入った! え、つか寒!」と苦しそうな桜井くんの声が混ざる。
「どうだ、五月の海水浴は」
「さみーよ! 極寒! 死ぬ!」
「おーし次は侑生だ」
「は?」
ビーチボールを拾い上げて我関せずを決め込んでいた雲雀くんが素っ頓狂な声を出した。この一ヶ月間聞いたことのない、雲雀くんらしからぬ声だ。
「何バカ言って――」
「昴夜、左」
「舜は右な」
バッとでも聞こえてきそうな素早さで、桜井くんと荒神くんが雲雀くんに突進する。雲雀くんの顔に焦りが浮かんだことは私からもよく分かった。ビーチボールを放り出して素早く駆けだした雲雀くんを、二人が兎を追う虎のごとく追いかける。濡れていない雲雀くんのほうが身軽なのに、荒神くんが早かった。まるでラグビーのタックルのように雲雀くんを捕まえ「おいバカ離せ!」と声を荒げる雲雀くんを、桜井くんと一緒に引きずり、両腕両足を持って、海へと放り投げた。
ドボンと間抜けな音と共に、雲雀くんが海の中へ消える。当然、すぐに銀色の頭が生えて「クッソ寒ぃ!」と悪態を吐いた。そのまま水浸しの銀髪をかき上げながら、顔に滴る海水を手のひらで乱暴に拭う。ティシャツはぴたりと体に張りつき、いつも見ている学ラン姿よりひとまわり細く見えた。入学式の日にやってきた怪物の手下が「細っこい」なんて馬鹿にしていたことをつい思い出した。
「バッカじゃねぇの、このクソ寒いのに海なんかに入れやがって!」
普段のクールな姿からは想像もつかない、甲高い怒鳴り声だった。膝下は海に浸かったまま、雲雀くんは素早くティシャツを脱いで海水を絞り出す。ビチャビチャッと海面で水が跳ねた。
「でもなあ、最初に入れたのは侑生じゃん?」
「ボールを取りに行けって言ったんだよ俺は!」
「あれは侑生のボールが悪かったよな、舜がとれなかったもんな」
「取れないテメェが悪いんだろ!」
ギャンギャンと言い争う三人が三人、五月初旬に全員水浸しで凍えている。
大体、波打ち際でビーチバレーをすること自体、変なのだ。普通に考えれば、弾かれたボールが海に落ちることなんて簡単に予想がつくのに、わざわざ波打ち際の真横でビーチバレーをすることが変だった。それどころか、もとをただせば、ゴールデンウィークなんかに海に行こうと言い出して、挙句真夏の風物詩みたいな遊びを始めようとするなんて、普通はない。
「……ふふっ」
それは、あまりにも私の考える〝普通〟から離れていて、思わず笑い出してしまった。
「あははッ!」
言い争う三人に聞こえるくらい、大きな声が出てしまった。なんなら笑い過ぎて涙が出た。お陰で三人がこちらを見ていると気付くまで暫くかかった。



