「てかそれで今でも笹部が突っかかってたのかー。そりゃ昴夜もキレるよね」
「……キレたってどれ? クッソダセェってやつ?」
「そうそう、それ。フラれた英凜につっかかってー、ってやつ。笹部的には英凜がぜーんぜん笹部のことどうでもいいみたいな顔してるからムカついたんだろうけど、あの笹部はダサかったよね。後であたしらの中でも、英凜にそこまで突っかかることなかったんじゃないのみたいな話になったし」

 私は別に、笹部くんのことを全然どうでもいいみたいな顔で見ていたつもりはなかったのだけれど、はたからはそう見えたのだろうか。そう考えると、笹部くんにはやっぱり悪いことをしたのかもしれない。

「で、あれを昴夜が怒ってたじゃん。だから笹部も余計ムカッときちゃって、あんな態度悪かったんだろうけど。どっちもどっちーって感じだよね、昴夜もあんなにカッとなることなかったのに」
「……それはそうかもしれないね」

 俺に対する牽制(けんせい)だ、なんて桜井くんは憤慨(ふんがい)していたけれど、笹部くんがそこまで意図していたかどうかは怪しいところだ。

「英凜と昴夜が2人いるところ見たって、付き合ってるようになんか見えないんだから、絶対笹部も思ってもなかったはずなんだよね。だからあれは英凜の隣の男に喧嘩売ってみたって感じだったんだろうなー」

 ただ、その意味では、笹部くんの言葉を牽制だと受け取った桜井くんは間違っていなかったのだろうか。うーん、とちょっと休憩がてら海に身を任せて揺蕩(たゆた)いながら考え込んだ。

「でもあたしも笹部に言われて一瞬勘違いしちゃったけどね、ヤッバ邪魔しちゃったって」
「……一瞬でも胡桃が勘違いするってことは本当に笹部くんにはそう見えてたのかな」
「やー、それはないよ。だって笹部、『三国が桜井と付き合うとかマジでない』って言ってたし」

 そう言うのならそうだろうけど、笹部くんの認識の甘さは今に始まったことではないし、笹部くんの認識なんて本人以外には何の意味もないことだ。ふんふん、と一人で頷いた。

「てか、ねー。笹部はねー、イケメンだけど、あんまりイケメンっぽくないなって思ってたんだけど、英凜にフラれたとかそういうののせいで自信が足りてないのかな?」
「どういうこと?」
「なんか初見イケメンだけど、あれ、そうでもないな? ってなる。ほら、能勢先輩とか、見た目イケメンだし、喋ってもイケメンだし、超・完璧って感じの雰囲気出てるじゃん? そういうのが笹部はないかも。それって英凜にフラれたことあるせいなのかなって」

 笹部くんのプライドに私が関与してしまっているかどうかより、能勢さんのことのほうが気になった。いかんせん、胡桃の口から能勢さんの話を聞くのは初めてだ。なんなら2人が喋っているところを見たことがない。さっきビーチパラソルの近くにいたときも、胡桃と能勢さんが喋っている様子は見た覚えがない……。

「……胡桃って能勢さんのこと苦手だったりする?」
「え、なんで」

 ぱちくり、とその大きな目が余計に大きく開かれた。

「……そういえば能勢さんと喋ってるところ見ないなって」
「んー、んー、苦手じゃないんだけど。なんかよく分からないとこあるよね、何話しても(けむ)に巻かれるっていうか」

 ものすごく分かる。何を話しても、あの穏やかな笑みと口調に流されて、本旨(ほんし)が分からなくなってしまう、そんなイメージがある。実際、能勢さんが新庄と組みながら私に親切にする意図は、あの笑みの裏に隠されてしまっているのだから。