のしっと、おもむろに九十三先輩に肩を組まれた。水着のせいで大きく開いた背中にはひたりと先輩の肌が触れ、羞恥(しゅうち)と驚きでヒッと体が跳ねる。お陰でなんと言われたのか頭から吹っ飛んだ。

「な、なんですか」
「いや芳喜に見惚れてたから。本当にやめたほうがいい、コイツは本当に女癖が悪い」
「本当に失礼。あのね三国ちゃん、俺は本当に女癖悪くないからね。いつか三国ちゃんも大人になれば分かるよ」

 そう言う能勢さんは私と1つしか違わないのに一体何を分かっているのだ。

「ねー、雲雀くん」
「……三国の前でそういう話すんのやめません?」
「一人だけカッコつけとくのはフェアじゃないでしょ」
「何のフェアですか」
「怖い顔しないでよ、冗談だってば、冗談」
「芳喜にするくらいならねー、俺にしといたほうがいいよ。頭いい子は嫌いだけど三国ちゃんは意外と(すき)だらけだし。特別に許したげッ」

 バコーンッと九十三先輩の頭にバレーボールが炸裂(さくれつ)した。ビーチボールではない、れっきとしたバレーボールだ。お陰で軽い凶器を思わせる音がした。九十三先輩の腕はたちまち私から離れ、そのまま「ぐお……クリティカルヒット……」と頭を抱えて屈みこむ。

「おい九十三、バレーやんぞ」
「バレーボールをガチで頭にぶつけんじゃねーよ! 補習の内容全部吹っ飛ぶわ!」
「元から入ってねーだろ、何言ってんだ」
「てか三国ちゃんまだ海に投げてなくね? 投げようぜ」

 ガバッと立ち上がった九十三先輩にゲッと体が一歩引いた。もうその話は忘れてもらえていると思っていたのに、というかそんな海の通過儀礼的なノリで後輩を海に投げるつもりなんで冗談じゃない。
 でも、不幸中の幸いにも蛍さんがやって来た。蛍さんはさすがに止めてくれるだろう。男女不平等主義者だし。
 おそるおそる蛍さんを見ると、蛍さんは派手なシャツはどこかへ脱いでいて、ポッキンアイスも食べ終えていて、髪は後頭部にチョンと結んでいて、どこからどう見てもバレーをやる気満々といった感じの状態で「ああ、投げるか」期待を裏切り頷いた。

「え、ちょ、ちょっと待ってください、私女子です!」
「いや三国は特別だから」
「そんな特別要らないです!」
「おい常磐(ときわ)ァ、三国ちゃん投げようぜー」
「いいですけど、駿は?」
「ああなに、駿も投げられたい?」
「投げられたくないが」
「先輩が投げられたいかって聞いてんだから喜んで投げられんだよ」

 とんでもない体育会系命令だ。ぶんぶん首を横に振る私と駿くんには決定権などないかのように「三国ちゃんから投げようぜ」「おっけー、こっちこい三国」と勝手に決められてしまい、九十三先輩に腕を引っ張られた。

「いや、いやいや、あの、準備運動とか! しないと!」
「あー、大丈夫大丈夫、投げられて戻ってきて投げられてまた戻るじゃん? それで運動になるから」
「2回も投げるつもりなんですか? え、ちょ、ちょっと本当に常磐(ときわ)先輩ストッ――」

 常磐先輩にむんずと足首を掴まれ、そのまま後ろ向きにひっくり返るそうになるところを九十三先輩に両腕を掴まれ、体が宙に浮いた。カッと照らしつける太陽に私は体の表を焼かれ、九十三先輩の髪は薄っすらとブルーに、常磐先輩の髪は薄っすらとグリーンに()ける。いやそんなことより何より、この年で味わうには有り得ない浮遊感に襲われていた。

「いや無理! 無理ですって!」
「だいじょーぶだいじょーぶ、楽しいから!」