「あの小っちゃい子なに? 近所の子?」
「従弟。おばあちゃんちに遊びにきてて」
「……思いっきり転んでるけどいいのかあれ」

 ちょうど駿くんがフリスビーを取り損ねて後ろ向きに転んだところだった。でも駿くんは見た目よりタフなのですくっと立ち上がってフリスビーを取りに行っている。

「意外と運動好きだから大丈夫だと思う」
「だからって体力の化け物みたいな先輩らでいいの?」
「疲れたら休みたいって言えるから。2人とも……、もう結構楽しんでるね」

 近くにくると、2人とも髪まで濡れていた。桜井くんは「うん、3回くらいツクミン先輩達に投げられた」と頭をぶるぶる振るので、隣の雲雀くんが迷惑そうな顔をした。海水に濡れてしまったからなのか濡れてしまうと思ったからなのか、その髪は一昨日と同じくセットされていない。

「英凜も投げるって言ってたんだけど、英凜の従弟と遊んでるんじゃな」
「え、投げられるの、私……」
「だって侑生(ゆうき)さえ投げられてるのに」

 私も投げられるに違いない、あまりにも分かりやすい例だった。諦めよう。
 能勢さんが連れて行ってくれたビーチパラソルの下のデッキチェアには滝山先輩が寝転んでいて、まるで仮眠でもとるように、伏せた雑誌を顔に載せていた。もうひとつのデッキチェアは空で、2つの間にいくつかの荷物が置かれている。

「アサヒ、交代」
「……いいよ、俺別に泳がないし」

 なんだ芳喜か、そう聞こえてきそうな様子で滝山先輩は雑誌を持ち上げて視線を寄越した。そのセリフのとおり、滝山先輩は海パンこそ履いているものの、上にティシャツを着たままだし、テーブルにはいつもの黒縁眼鏡が載っていた。ついでに、これは本人の意志とは関係ないのだけれど、色白で細めの体からも、わざわざ海なんか入りたくない、なんて感情が透けて見えるようだ。

「でも交代するって話になってたし。胡桃ちゃんも来たみたいだよ」

 能勢さんのセリフにつられて私が顔を上げると、石階段を降りてくる女子が目に入った。麦わら帽子をかぶっていて、遠目には胡桃とは分からなかったけれど、群青の先輩が「胡桃ちゃんやっほー!」なんて声をかけているので誰なのかは明白だ。
 ついでに、その肩には中くらいのサイズのバッグもあった。そのバッグと私の背中にチョンとあるだけのボディバッグとの差がそのまま女子としての差な気がしてしまって、ボディバッグと駿くんのリュックを先輩達の荷物の中に(まぎ)れさせた。

「……そういや牧落来るって話になってたな」
「そういえば雲雀くんは牧落ちゃん嫌いなんだっけ」
「いや別に、うざいなあとだけ」
「それは世間一般でいう嫌いじゃないかな」

 雲雀くんと胡桃の間の確執(かくしつ)は、胡桃の過失とはいえ、今後も埋めようがない。お陰で横からなにも口を挟むことはできずに黙っておいた。

「あ、英凜だ、久しぶりーっ」

 その胡桃は挨拶もそこそこに私達のところに駆け寄ってきて「先輩達こんにちはー」と能勢さんと滝山さんに挨拶した。能勢さんは「どうも」と誰にでも変わらない挨拶をし、滝山先輩はほんの少し頭を動かして反応した。

「え、昴夜なに? まさか泳いだの?」

 そのままびしょ濡れの桜井くんの頭から爪先までをしかめっ面でじろじろと眺めれば、桜井くんが「いや、ツクミン先輩達に投げられた」と肩を(すく)める。

「え、投げられ……。んー……投げられるのはヤかな」
「胡桃は投げられないでしょ、女子だし」

 え、それなら私は? そう聞きたかったけど黙っておいた。