「大丈夫大丈夫、九十三先輩は俺達の面倒見もいいし、(なぎさ)には三国ちゃんの従弟と同じくらいの年の弟と妹いるから」

 セリフのとおり安心させるような声で返事をくれた能勢さんを、つい、見上げた。すぐに気づいた能勢さんは「なに?」と柔らかく微笑む。
 お兄ちゃんをカツアゲと間違えたときの対応といい、今のセリフといい、なぜこの人は私に対して優しい態度をとるのだろう。夏祭りの日だってそうだ、九十三先輩は私達のいる社が分からなかったというのならそのまま放っておけばいいのに、能勢さんが場所を教えたお陰で九十三先輩達が来てくれたようなものだ。帰りも桜井くんか雲雀くんが私を送るように念を押したし、その結果なのかどうなのかは別として、帰り道は誰にも狙われることなく安全だった。
 それだけじゃない。そもそも、夏祭りの事件の後、転がっている2人組の持ち物を漁ったのだっておかしい。新庄と組んでいるのなら、そして私を狙ったのなら、あの2人組が何者かなんて能勢さんには分かっていたはずだ。それなのにわざわざ持ち物を漁って「白聖高校の生徒だ」なんて私達に知らせる必要はない。だって黙っておけば、私達は彼らを深緋だと──青蘭学園の生徒だと思い込むのだから。新庄に私を拉致させたことといい、能勢さんは群青に深緋をぶつけたいのではないのだろうか。それとも、深緋ではない別のチームの人間だと、群青に情報を与える必要があったのだろうか。あったとして何のために。
 “体が弱い”なんて思い込んでるのは間違いなく黒だ。それなのに、能勢さんの行動のいくつかが矛盾する。いや、矛盾するとまではいわなくとも、どこかちぐはぐだ。

「……いえ、なんでも……」
「怖い顔してるねえ。お兄さんと仲悪いの、三国ちゃん」

 幸いにも、能勢さんは私の警戒心をお兄ちゃんとの距離感の問題だと勘違いしてくれたらしい。お兄ちゃんの話を能勢さんに知られたところで困ることはないし、その話題はありがたいものではあった。「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」とボソボソ答える。
 なんなら、能勢さんに「私は体が弱い」という事実が公然と知られていると刷り込むチャンスだ。お兄ちゃんは便利な舞台装置だったらしい。

「中学のときから離れて暮らしてるんで、年に1回とか、それこそ夏休みくらいしか会わないんですよね」
「離れて暮らしてるの?」
「ほら、私が体弱いって話、あるんじゃないですか。あれが理由で、私だけおばあちゃんの家にいるんです」

 ここで能勢さんの顔を見てしまえば、私に何かしらの狙いがあることがバレてしまうだろう。どうせ能勢さんの顔を見たって大した情報は得られないのだ、わざとらしく顔を見て様子を(うかが)っているなんてバレてしまうより、視線は動かさないほうがいい。

「ああ、そういうことか。っていうか、こんだけクソ暑い日に海来てて大丈夫なの?」

 ……雲雀くんの読み通り、夏の暑さを理由に、能勢さんがみんなの前でこの話をする可能性は高かったようだ。早々に蛍さんにその情報を使ったのは英断(えいだん)だったな、と自画(じが)自賛(じさん)した。

「平気なので、まあ、大丈夫です」
「そう? 辛くなったら言いなよ」

 蛍さんも能勢さんも、優しくするふりをして、(だま)しているのだろうか。一体、何のために。
 もう少し踏み込もうとしたけれど「えりー」と桜井くんの声が聞こえたのでそちらに視線を意識を向けた。歩み寄ってくる桜井くんと雲雀くんの海パンはもう濡れていて、早速海に入っていたことが分かった。