脅してる自覚あったんだ……。確かに180センチ近い能勢さんと九十三先輩が出てきたら、黙っててもそれだけで十分脅迫になる気はする。しかも九十三先輩は雲雀くんが言ってたとおり本当にガタイがいいのが海パン一枚だとよく分かった。なんちゃってフットサルサークルのお兄ちゃんなど目ではない。

「……気を取り直しまして、こんにちは……」
「いやー、マジでね。マジでこの2週間死にそうだったね。補習で」
「夏祭り行ってただろ、何言ってんだ」
「あれ夜だけじゃん! しかもさあ、結局深緋の連中が出てきてドンパチやってるうちに祭りも花火も終わるし! 俺の夏休みマジで今日が1日目だよ。こっから後期までやっと休める」

 嘆きながら九十三先輩は海岸に飛び降りた。それなりに高さもあるのに裸足(はだし)で飛び降りるし、そのまま「三国ちゃん無事だったー」と報告しながら他の先輩達のところへ行ってしまった。能勢さんもすぐに「ちゃんと勘違いだったって言わないとだめですよー」と笑いながら海岸に飛び降りていった。私と駿くんと蛍さんという、謎の3人組が歩道に残されることになった。

「……本当に、すいません。妹にたかる(おろ)かな兄で」
「たかられてたのか」
「……濡れるから財布持ってくるのやめよう、どうせ私が小銭持ってるだろ、とそういう愚かな兄なんです」

 頼むから先輩の前で恥をかかせないでほしい……。そんな気持ちでお兄ちゃんの心理を推理した。でも蛍さんは馬鹿にするでもなんでもなく「ふーん?」と首を傾げた。

「仲良いのか、兄貴と」
「仲……さあ、良いとまでは……。普通じゃないですか……」
「……ふうん」

 妙に食いつく、というほどではないけれど、妙に気に掛けるな……。私に兄がいるという事実がそんなに意外だったのだろうか。というか、蛍さんは私のことを以前から知っているのだとばかり思っていたけれど、そういうことは知らないのだろうか……。
 蛍さんが何を知ってて何を知らないのか──それを考えていて、不意にチャンスが巡ってきていることに気付いた。
『蛍さんに三国の体が弱いって情報を使うのはありかもしれねーな』
「……お兄ちゃんと、別々に暮らしてるんです」

 蛍さんは私達に合わせて石階段を降りながら私を振り向いた。ドッと心臓が跳ねる。

「だから会うのは半年ぶりで……。その、私だけ、環境療養で、祖母の家に住んでいるので……」

 ドクドクと動悸(どうき)がする。声が硬くなってしまっていた気がした。
 環境療養なんて言い出すのはさすがに不自然だったか? いや、別々に暮らしているから普通の兄弟とはちょっと距離感が違うかもしれない、別々に暮らしている理由は環境療養が必要だと言われたからで、という流れに不自然さはない、大丈夫だ。大丈夫。
 じっと、蛍さんが私を見上げていた。ドクリドクリと心臓が早鐘(はやがね)を打つ。
『後輩のピンチに駆け付けられないのは、なによりも先輩の名折れなんだよ』
 でも、蛍さんはあの日に助けに来てくれた。嘘なら来るはずがない。あそこまで言えるはずがない。きっと蛍さんはなにも知らない。

「そういや、お前、体弱いんだってな。あんま羽目外すなよ」

 ──きっと蛍さんは。

「……英凜ちゃんは体が弱いのか?」

 思わず立ち止まってしまった私を、駿くんが眉間に皺を寄せて見上げてきた。

「……人より、ちょっと頭が悪いだけだけど、先輩達には内緒ね」
「……分かった」