ひょいと右肩から能勢さんの腕の外された。能勢さんは迷彩柄の海パンの上にアイボリーのパーカーを被っているだけだ。お陰で3人の中で唯一まともに見えるけれど、どこかほんのり、煙草の臭いがした。海岸なんて開放的な場所で堂々と煙草を吸うことができないから、やってくる前にしこたま吸ってチャージしてきたのだろうか。喫煙者のニコチン欲求の原理は分からないけど。
 本当に……、カツアゲだと勘違いしたにしては、助けに来る側のガラが悪すぎる。金髪のお兄ちゃんも悪いとはいえ、つい額を押さえてしまった。こんなことが起こるとはさすがに予想してなかった。

「えっと……結局これ勘違いってことでいいですか?」

 続いてお兄ちゃんが立ち直った。こくりこくりと私が頷けば、蛍さんが「あー、すいません」と先に謝罪する。

「三国、俺らの後輩なんで。カツアゲされてるんじゃないかと思って早とちりした馬鹿2人が突っ走りました」
「馬鹿2人じゃなくない、フェミニスト2人じゃない?」
「黙ってろ馬鹿」

 参ったように、蛍さんは髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。この女子みたいな髪も余計にガラの悪さを引き立てているに違いない。

「あー、そういう、こと……。どうも、英凜の兄貴です。こっち従弟の京平(きょうへい)です」

 お兄ちゃんは気を取り直したけれど、京くんはまだ目を白黒させている。確かに、この京くんが灰桜高校に来たら死んでしまう。

「んじゃ……英凜が遊ぶって言ってた友達って先輩ら?」
「も、含む。のでご心配なく、お兄ちゃん達はお兄ちゃん達で、どうぞご自由に遊んでください」

 しっし、と手を振ってみせると、お兄ちゃんは「分かった分かった。じゃ僕はこれで」とさっさといなくなる仕草をとった。京くんは「えーっと……?」と困惑したまま、視線を駿くんに移す。

「……駿くんは? どうするの?」
「そういえばこのガキ誰? 三国ちゃんの弟?」

 九十三先輩はひょいと屈んで駿くんに目線を合わせた。途端、駿くんはたじろいだように一歩下がる。それもそうだ、いくら目線を合わせたって、小学1年生から見たら巨人に等しいに違いない。

「……いえ、従弟です。先輩達がよければ一緒に遊んでもらおうと思ってたんですけど」
「こんにちは。月影(つきかげ)駿(しゅん)()です」

 いつも淡々としている声が心なしか震えて聞こえた。やっぱり怖いに違いない。
 その巨人の先輩達は顔を見合わせて「いいよ、ガキの面倒なら見慣れてるし」「ちょうど(なぎさ)も来てますしね」「ああ、常盤(ときわ)か。いいんじゃね、アイツとお前で見れば」と意外にもあっさりと頷いてくれた。京くんは蛍さん達が怖くて仕方ないらしく「あー、そう、じゃあ僕は予定通り凜くんと泳いでくるので……」と爪先を反対方向へ向け、逃げるようにお兄ちゃんの後を追いかけて行った。

「……三国の兄貴には見えなかったな」

 2人がいなくなった後、蛍さんがボソリと呟いた。隣の九十三先輩も「いやー、マジで見えなかったね」とポッキンアイスを(くわ)えたまま頷く。

「金髪だし、下手したら俺らよりヤンキーに見えるよ」

 それはさすがにない。

「てか結構離れてる?」
「……先輩達の1個上です。今年大学生なんで」
「マージか。俺がイメージするパリピ大学生だけど、余計に三国ちゃんの兄貴とは思えねーな」
「そういう話全然聞かないから知らなかった。本当にごめんね、お兄さんに脅してごめんなさいって言っといて」